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STORY
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青い空、ひかる海、吹き抜ける風。 珊瑚礁をのぞむ席から、今日もにぎやかな笑い声。 ここはハート島、熱風食堂。 マリーにとって、世界でいちばん好きな場所だ。 ![]()
あなたはご存知だろうか。 いい風が吹く南の島に、一風かわった食堂がある。 珊瑚の海をのぞむ素朴な浜辺に、雑然とならんだ客席。 飾り気のない店だけど、いつもにぎやかな笑い声がきこえる。 厨房では、店の主人であるオッチャンが、汗だくで鍋をふる。 ちいさな看板娘がお客の注文をとり、冷たい麦茶をついでまわる。 その笑顔が見たくて、お客はこぞって少女を呼ぶ。 「おーい、マリー」 「はーい、ただいま」 ここはハート島、熱風食堂。太陽と潮風が自慢の店。 少女にとって、世界でいちばん好きな場所だ。 食堂の浜につづく砂利道を、少女は飛び跳ねながらはしる。 彼女の名はマリー。島の少女は、もうすぐ十三歳になる。 食堂を手伝うようになって半年。 マリーは島から役割をもらったような気がしている。 もともと誰かの喜ぶ顔を見るのが何より好きなオッチャンがひらいた店だから、 マリーの仕事もただひとつ。 マリーが冷たい麦茶をつげば、お客はみんな笑顔になる。それが最高に気持ちいい。 この島で、マリーは祖父に育てられた。 両親の行方はわからないが、淋しいと思ったことはない。 いつもおじいと一緒だし、この島が大好きだからだ。 島の形からハート島と呼ばれるこの島は、人口約二百人。 そのほとんどは牛で生計を立てており、いちめん牧場がひろがっている。 周りは美しい珊瑚礁。青い海と自然が自慢。 船は一日に三便。食堂一軒、商店一軒、宿四軒。 小中学校と郵便局はあるが、病院も信号機もコンビニもない。 そんな島だから、特別なことは何ひとつ起こらない。 それでも話題にことかかない。泣いたり笑ったり、毎日とてもおもしろい。 小学校の卒業式が間近に迫ったある日、熱風食堂の浜で、手作りの表彰式が行われた。 集まった島の人々を代表し、青年団長のシゲさん(四十六歳、独身)が、表彰状を読み上げる。 「笑顔が最高で賞。六年一組、仲本マリーどの。あなたの笑顔はこの島の宝です。 中学生になっても、元気でがんばってください。熱風食堂常連客一同」 マリーが表彰状を受け取ると、浜辺に拍手がおこった。 得意の指笛をならすショウちゃん。タオルの旗をふりまわすトキおばぁ。 島の小さな人気者、双子の海太と風太も大はしゃぎ。 涙もろいオッチャンは手ぬぐいで目頭をおさえ、一同を爆笑させた。 そのあと島酒が出て、お祝い大宴会のはじまり。なにかといえば乾杯。 この島の人はとかく飲むのが好きだ。 そんな大人たちに目を細めながら、主役のはずだったマリーは、 食堂の一員として忙しくはしりまわるのだった。 夕方、ひとり浜におりたマリーは、 もらった表彰状を空にかざして、ゆっくりと目を閉じた。 マリーには不思議な力があった。 心の中に花を思い浮かべると、風が語りかけてくれる。 そして大切なことをマリーにおしえてくれる。 マリーはその力を「心の花(ククルヌパナ)」と呼んでいる。 「今日はありがとう、いつまもでもこんな日がつづきますように」 すべては変わりつづける。風がこたえた。 けれど、これからはもっと楽しくなるだろう。 すべてを受け止めて、自分の心に正直に歩いていけば、なにもおそれることはない。 海はそういってマリーに希望をあたえてくれた。 彼女の行く手に良い風の吹かんことを。 それは、島のみんなの願いでもあった。 ところが、卒業式の日、島を季節はずれの嵐が襲った。 木々を揺らし荒れ狂う風が、叩きつける雨に拍車をかける。 心配のあまり食堂の浜へ走ったマリーは、滅茶苦茶になった客席に愕然とする。 強風にあおられる厨房を小さな体で懸命にささえるマリーだったが、 無念にも食堂は屋根ごと吹き飛ばされてしまった。 暴風の中、傘もささずに駆けつけたオッチャンは、 とりみだし泣き叫ぶマリーを「表彰状を忘れたか」と一喝する。 そして「強いやつはつらいときほど笑うもんだ」と、ずぶ濡れのマリーを抱きしめた。 泣きながら家に帰ったマリー。 たまらずおじいの腕にしがみつくと、おじいはおだやかにこたえた。 「こわれたものはまたつくればいいさ。 今度マリーはいったいどんな食堂にするんだろうと考えたら、 おじいはとっても楽しいよ」 おじいは今はのんびり畑をたがやしているが、 かつて腕利きの海人で、みんなから「風おじい」と呼ばれている。 海の彼方から吹いてくる風のように、いつもしぜんで、懐が深い。 「大丈夫、マリーはおじいの孫だからね、負けたりしないさ」 「うん、負けるもんか・・・」 終らない嵐はない。マリーは明日からの楽しい再建作業を想像して、 時が過ぎるのを待った。 ところが、事件は起こった。 海人見習いの義弘君の船がまだ帰ってこないことを知った風おじいは、 ふきすさぶ嵐の中、家をとびだしてゆく。 あれくるう港、おじいは周囲が止めるのもきかず、小さな船に乗りこんだ。 大きく揺れる船体につのる不安。 「約束だよ、おじい、必ず帰ってきて」 「心配ないよ、心に花を持っているからね、おじいは大丈夫」 笑ってマリーの頭をなでると、おじいは嵐の海に出ていった。 風雨の中、マリーは心から祈った。 けれど、風おじいは、二度とかえってこなかった。
晴れた昼さがり、静まり返った海。 オッチャンと髭面の海きりんが、いつもの席でぼんやり海を眺めている。 嵐で粉々になった熱風食堂は立派に再建されたが、なんだか明かりが消えたよう。 「今頃どうしてるかね?」 「まあ、あれは島の子だからね・・・」 「ああ、人間なんてやっかいなもんだな」 食堂の看板娘は、もう島にはいない。 その頃、たくさんの人と車が行き交う都会の交差点、 耳を押さえるように歩く少女の姿。マリーであった。 あの嵐の後、結局、おじいは帰ってこなかった。 遺体こそあがらなかったが、誰もがことの次第を悟っていた。 毎日浜に出て待っていたマリーも、やがて現実を受け止めた。 「おじいが死んだらよ、骨のはんぶんは海にまいて欲しいさ」 その言葉どおり、おじいは海になったのだ。 それからマリーは遠い親戚にひきとられ、この都会で中学生になっていた。 初めて会う親戚夫婦は優しかったが、マリーは日に日に元気をなくしていった。 そこはテレビで見るような都会で、望むものは何でも手が届きそうだけれど、 海も風も感じることはできない。急ぎ足の人々は、声もかけずに行き過ぎる。 四角い建物にかこまれ、マリーはいつもひとりぼっち。 心配したおばさんはマリーを病院に連れて行き、 その度にひどく悲しげな目をするのだった。 そんなマリーをなんとか元気づけようと、親戚の息子で大学生のクンちゃんは、 子供の頃に一度だけ行ったハート島の思い出を話してくれたが、 それもかえってマリーを切なくさせた。 ずっとマリーを支えてきたクイヌパナの力も消えてしまった。 島にいた頃の太陽のようなマリーは、もはやどこにもいない。 そんな折、マリーを訪ねて島からオッチャンがやってきた。 トレードマークの手ぬぐい豆絞りを頭に巻いて、 汗をかきかき話す姿に、マリーは泣きそうになる。 その夜、親戚夫婦の家に招かれたオッチャンは、 相変わらず下手なダジャレを連発しながら、 食堂建設当時のことをおもしろおかしくふりかえった。 オッチャンに心配をかけてはいけないと、夕食の席で精一杯元気にふるまうマリー。 親戚夫婦はマリーが明るくなったことに喜ぶが、 オッチャンはマリーの変化を見抜いていた。 翌朝、早起きしたマリーは、ひとりベランダに出て、島に思いをはせた。 四角い建物の上にあるこの空は、遠い海までつづいている。 ひかる風、吹き抜ける風、みんなの笑い声。 けれど、それらひとつひとつをうまく思い出すことすらできない。 その頃、島では、千年生きていると噂の古老トキおばぁが、 婦人会を動かして、新たな住人を迎える準備をすすめていた。 子供の頃から面倒をみてきたトキおばぁにとって、 オッチャンの考えることなど手に取るようにわかる。 みんなもそのことを察し、島はひさしぶりに活気づいていた。 最終日、マリーはオッチャンと遊園地に出かけ、楽しい休日を過ごす。 思えば、島に戻って浜にへんてこな食堂をつくったこの男に、 まだ見ぬ父親の姿を見ていたのかもしれない。 オッチャンの手はあたたかく、マリーはとうとう泣き出してしまう。 大方を予想していたオッチャンは、島に帰って来いと促す。 「人がいるべき場所は、待っている人がいる場所だと思うよ」 目の前に、懐かしい風景がひろがった。 それはぐんぐん勢いを増して、マリーの心を満たしていった。
戻ってきたマリーを、島はあたたかく迎えてくれた。 ひとまずマリーが寝泊りするのは、後見人であるオッチャンの家。 お隣に住む古老トキおばぁもあれこれ世話をやいてくれ、 新しい暮らしがはじまった。 マリーが育った家もそのままの状態で残っている。 島の人々は「風おじいは海になった」といいながらも、 ひょっこり帰ってきてほしいと願って家を守ってくれていた。 見慣れたはずの景色はどれも新鮮で、時間はあっというまに過ぎていった。 島の空気に抱かれ、次第にマリーは元気をとりもどしていった。 いつかの表彰状が貼られた食堂では、看板娘のカムバックを喜ぶ常連客らが、 おもしろがってマリーの名を呼ぶ。 そして、つがれた麦茶を一気に飲み干しては、また 「おーい、マリー」 「はーい、ただいま」 人がいるべき場所は、待っている人がいる場所だ。 マリーはこの食堂を世界でいちばんの場所にしようと決めた。 けれど、島にいくつかの変化があったのも事実だった。 熱風食堂は仲間の手で再建されていたが、真新しいテーブルに、 マリーはすこし違和感を感じている。 それに、おじいが命がけでたすけた海人見習いの義弘君が、 夢をあきらめて島を去っていたことも、マリーには残念だった。 もうひとつ変化がある。島に新しい住人がひとり。元気な東京娘・ハツミである。 マリーがいない間にやってきた彼女は、民宿のお手伝いとして島にいついた。 根っからの明るい性格で、すでに島の仲間にとけこんでいる。 マリーは島が自分の場所でなくなってしまったような疎外感をおぼえ、 何かにつけて声をかけてくるハツミをうまく受け入れることができない。 マリーの微妙な心境を察したオッチャンは、 食べればもりもり元気になる「元気そば」なる新料理を披露するが、 マリーの心をときほぐすことはできない。 午後、マリーが昔の桟橋で海を眺めていると、軽トラックに乗ったハツミが通りかかった。 民宿の客を港まで送った帰りだというが、わざわざマリーをさがしにきたようでもある。 ぜひ見せたいものがあるから乗れといわれるが、 マリーはハツミを無視して、なんとなく桟橋の先へすすんでいってしまう。 また、やってしまった・・・ マリーは桟橋の先端に座って「心の花」に思いをめぐらせる。 「心に花を持つ人になりたといつも思っているさ」 そんなおじいの言葉をもとに、マリーは心に花を思い浮かべ、不思議な力を持つようになった。 けれど、ククルヌパナがいったい何なのかは、マリー自身にもよくわかっていない。 そのとき、マリーの心に見たこともない白い花が咲いた。 次の瞬間、脳裏に強烈な映像がとびこんできた。 倒れているハツミの像だ。 ハツミの身に危険が迫っていることを察したマリーは、 島じゅうを走りまわって、土にひれふすハツミをさがしあて、 初めてことの次第をさとった。 そこは、風おじいの畑。主人がいなくなったにもかかわらず、作物は元気に育ちつつある。 畑を手入れしてきたのは、他でもないハツミだったのだ。 帽子もかぶらず炎天下で畑の世話をしたハツミは、軽い熱射病になったようだ。 「こんな調子じゃ島ではやっていけないさ」と言いながらも、 自分より大きなハツミを懸命にかついで帰るマリーであった。 あたらしい夏の予感。やがてこの島に、迷コンビが誕生する。
青空の下、マリーにあれこれ指図され、ぶつぶつ言いながら畑に水をまくハツミ。 「こにくらしいガキ」くやしいが島で暮らす術はマリーの方が上。 二人はけっこういい関係になりつつある。 そんな折、はるか北の島の小学生から、交流をのぞむ手紙が届く。 学校の裕子先生は、北の子供たちへこの島ならではの素敵な返事を出そうと、 婦人会長で保育所を切り盛りするヨッちゃんに相談をもちかけ、 子供たちの絵で島を紹介する絵本をつくろうと話は盛り上がる。 ところが、いざ写生をはじめてみると、 島じゅう牧場だけにどの絵も牛ばかりで、裕子先生は困ってしまうのだった。 マリーは南の島にしかない貝殻を集めようとこっそり浜に出向くが、 同じ考えで浜を散策していたハツミとはちあわせ、火花を散らす。 われ先にと貝殻をひろい歩いた二人は、波打ち際に謎の小瓶を見つけ立ちどまる。 中には、英語が記された紙きれが一枚。 海外経験をいかしてハツミが読み上げると、それは運命にひきさかれた恋人への手紙。 届かぬ思いを託した小瓶は、はるばる海流に運ばれて、この島に流れ着いたのだろう。 その恋の結末をククルヌパナにたずねたマリーの心に飛び込んできたのは、 珊瑚のリーフに打ち上げられたもうひとつの小瓶の映像。間違いない。 「返事がきている!」駆け出すマリー。わけがわからぬまま後につづいたハツミも、 潮が干いて海上に浮き出たリーフ上を、必死に返事の小瓶をさがす。 一方、島にちなんでハート型クッキーをつくろうと奮闘していたオッチャンは、 焼き加減を誤って、すべてのクッキーが真ん中で割れてしまうというアクシデントに見舞われる。 形がハートだけに縁起がわるい。再びチャレンジするがやはり結果は・・・ 結局、もうひとつの小瓶は見つからぬまま潮が満ち、リーフはふたたび海にのまれた。 うなだれるマリーだったが、「きっと思いは届いた」とハツミに言われ、ようやく笑顔になる。 二人の距離はまたすこし縮まったようだ。 ふり返ると、満ち潮の海を夕日がやさしく染めていた。 その夜、熱風食堂で、北の島へ送る絵本が披露された。めくってもめくっても牛の絵ばかり。 「それだけ牛さんが大好きな人が住む素敵な島なんです」 ヨッちゃんが強引にしめくくり、みんなの笑いをさそう。 オッチャンの失敗クッキーも、パズルだと思えばいいということで 「残り半分を見つけるクッキー」と命名され、絵本と一緒に送られることになった。 マリーとハツミは二人でひとつの貝殻を選んで手紙に添えた。 そこへ、今日の漁で小瓶を拾ったと、海人のカワハギ艦長がやってきた。 宝の地図に違いないと中の紙きれをとりだすと、一行の手紙。 みんなは大笑いしたが、マリーは救われた気がした。 きっと海になったおじいが届けてくれたのだ。 そこには「ありがとう」とだけ書かれていた。
「海の向こうから昨日がやってくる」 千年生きていると噂の古老トキおばぁが意味深なお告げをするが、 海きりんは「ここには今日しかないさ」と一笑。オッチャンも相手にしようとしない。 旅の客を迎える忙しいシーズン到来。みんな仕込みで大忙しなのだ。 ハツミが働く民宿に、二十年ぶりの客がやってきた。 ヨシエさんと呼ばれたその婦人は、麦茶の注ぎ方がなっていないと、いきなりマリーをしかりつけた。 双子の海太と風太は浜で遊んでいるところをつかまってなぜか大目玉をくらい、 島いちばんのわんぱく勇太はお菓子をとりあげられて半泣きになる。 あの客は子供の敵だ。ずっとお姉さん役だったマリーは 島の弟のためヨシエに復讐を誓う。 お客のプライベートには立ち入らないと決めていたハツミだったが、 懸命なマリーに影響されて聞き込みを開始。 島の古老達とも顔なじみのヨシエは、かつて常連客であったらしいのだが、 誰もが申し合わせたように何も教えてくれない。 ヨシエをぎゃふんといわせてやろうたくらむマリーだったが、 誰もいない浜で、ひとり泣く彼女を目撃し、困惑する。 二十年前、ヨシエにいったい何があったのか? ククルヌパナの力は、彼女の大切な人がこの海にいるのだと告げた。 マリーは徳三おじいをたずね、長い昔話をきかされた末に、ことの次第を知る。 ヨシエはかつてこの島でひとり息子を亡くしていた。 だから島の子供らの姿に、息子の像が重なったのだろう。 思いあらためたマリーは、ヨシエに最高のランチを約束し、食堂の厨房で特訓にはいる。 腕自慢のオッチャンは最高の料理を伝授しようとするが、 マリーが挑んだのはごく普通の料理だった。 当日、マリーが出したオムライスに、誰もが驚いた。 亡くなった子供の大好物を、敢えてつくった。 それは大切な人との別れを受け入れようとするマリー自身の決意でもあった。 ヨシエは戸惑いながらも口をつけ、はじめて笑顔をみせる。 「あの頃がもどってきたみたい・・・」 「いいや、ここには今日しかないさね」 トキおばぁの言葉が、潮風にとけた。 お別れの日、港まで見送りにいったマリーに、 ヨシエは「あなたが誰の子かすぐわかった」と笑った。 まだ見ぬ母親にそっくりだといわれ、悪い気はしないマリー。 港の先端に立って、マリーとハツミは競い合うように手をふった。 お客を送り出すときは、船が見えなくなるまで大きく手をふる。 なんにもない島だからせめてもの思い出にと、 みんなで知恵をしぼって昔からつづけてきたならわしだ。 「また来てねー」 二十年前と同じように、ヨシエは手をふりかえして島を出た。 明日に向けて船はゆく。そして島は、次のお客を迎えるのだ。
太陽の下、せっせと畑の世話をするハツミ。 おじいがいなくなった畑で、ヒラミレモンは今年もきちんと実をつけた。 港で七人組の常連客を迎えたマリーは、 空港の島で風おじいに会ったといわれ、返答に困ってしまう。 ところが、ショウちゃんが風おじいそっくりの人を見たと、食堂に駆け込んでくる。 息子の予防接種でその島に行ったキヌエねーねーも風おじい目撃を報告。 熱風食堂は騒然とする。 もしや生きているのでは・・・オッチャンは食堂を臨時休業して、 ショウちゃんら青年団と風おじい捜索隊を結成、空港の島へと向かう。 希望こそ力とばかりに神様にお祈りをはじめるトキおばぁ。 保育所の子供らと願い笹をこしらえるヨッちゃん。 そんな中、風おじいと旧知の仲にあった徳三おじいだけは、 「あいつは海になった」と繰り返し、みんなから人でなしと責められる。 心揺れるマリーだったが、ククルヌパナに風おじいの消息をたずねる勇気はなく、 誰もいない食堂をただ行ったり来たりするばかり。 これでもかと晴れた空、長い長い午後となった。 食堂をたずねたハツミは、落ちつかない様子のマリーに、 風おじいはどんな人だったのかとたずねる。 うまいこたえが見つからないが、おじいは海の彼方から吹いてくる風のような人だ。 そのとき、七人組のひとりが海で姿を消したとの知らせが入る。 マリーは動揺をおさえてククルヌパナを発動し、 リーフの外で流れにもっていかれた彼を発見。 たすけを求めるが、男達はみんな風おじい捜索に出ていて手立てがない。 ひとたび沖へ出れば、西への流れははやい。 マリーの脳裏にあの嵐の記憶がよぎった瞬間、 髭面の海きりんが海からあらわれ、瀕死の彼を救う。 ほっとするマリー。ハツミは大げさな声援を送るが、 海きりんは神妙な面持ちのまま、黙って海へ帰ってしまう。 その夜、民宿で恒例の花火大会が行われた。 七人組は島の子供たちをよろこばせようと、毎年、大量の花火を持ってくる。 マリーも去年まではおじいと一緒にこの花火を見た。 結局、捜索隊は風おじいを見つけることはできなかった。 他人の空似か、ただの幻だったのか、こたえは神のみぞ知るだ。 オッチャンはマリーを悲しませまいとつとめて陽気にふるまったが、 マリーは今日の命が救われたことによろこびを感じていた。きっと風おじいのおかげだ。 花火の場にふらりとあらわれた海きりんは、 すべてを知っているような目で「風おじいはちゃんと生きているさ」と笑って、 「こん中にな」と、親指を自分の胸に押しあてた。 島にいるからこそ思い出して、こっそり泣いたこともあった。 ひとりの人がこの世からいなくなることは、とても大きなことだ。 けれど、マリーがおぼえているかぎり、おじいはこの島とともにある。
食堂にスーツ姿の男があらわれ、オッチャンに、 近々オープンするレストランのチーフとして来ないかともちかける。 彼は料理人のスカウトマンで、かつて若き天才シェフと期待された オッチャンの腕を高く買っていた。 都会での地位を捨て、島で生きると決めたオッチャン。 一度はスカウトマンを追い返すが、正直、心がゆれる。 一方、マリーは食堂の前の浜で、東京から来た子供・サトシと出会った。 干潮の浅瀬でちいさなクマノミの家を見つけて歓喜する二人だったが、 迎えに来たサトシの母親にはばまれ、楽しい冒険は夕暮れを待たずして幕を閉じた。 サトシは親子でハツミの民宿に泊まっているという。 今まで夏休みに家族旅行など考えたこともなかったが、世間ではそれが普通なのだ。 マリーはちょっとうらやましいと思いながら、 自転車で通りかかったキヌエねーねーに家族旅行に行かないのかとたずねる。 この島で双子の海太と風太を育てる彼女は、「あいつらにはここがいちばんさ」と笑う。 翌朝、民宿にサトシを迎えにいったマリーは、朝食の席で元気がないサトシを見てしまう。 心配したマリーは、ククルヌパナの力で彼の心が病んでいることを察知し、 サトシを元気づけようと立ち上がる。 オッチャンにいつかの「元気そば」をつくってくれとたのむが、 オッチャンは心ここにあらずで、まともにとりあってくれない。 考えた挙句、マリーはサトシを島探検に連れ出す。 野生化してこの島にいついた孔雀を追って珊瑚の岩場に踏み込んだマリーだったが、 不注意から岩場を滑り落ち、サトシに怪我を負わせてしまう。 とりみだした母親にひどく怒られ、すっかり落ち込んだマリー。 月夜の浜辺で、こっそり宿から抜け出してきたサトシになぐさめられる。 サトシは、自分が心を閉ざしてしまった理由は、 いつまでも母親から子供扱いされるからだと告白。 しかしマリーは、心配してくれる人がいることは素敵なことだと言って、 逆にサトシを笑顔でつつむ。 そのやりとりを偶然みたオッチャンは、はたと我にかえり、 食堂に戻って鍋に火をいれるのだった。 翌日、熱風食堂に、例の親子が招待され、特製の元気そばがふるまわれた。 マリーは上機嫌。食べればもりもり元気になる不思議なそば。 汗をかきかきみんなで食べるひとときが、サトシの傷をひと夏の勲章に変えた。 サトシは強い男になると宣言。かたくなだった母親の目にも、いつしか涙が・・・ そこへ再びあらわれたスカウトマン。 出された元気そばを黙って食べ、オッチャンの返事をさとる。 そして「この店に負けないレストランをつくってみせる」と言い残し、笑顔で立ち去った。 今日も風がいい。ここは熱風食堂。ちいさいながらも、世界のどこにもない素敵な店だ。
朝から浜は雨。食堂のわずかな軒下は、常連客で満員。気分は晴耕雨読。 島酒が入ったシゲさんは陽気に雨に唄う。 晴天つづきで疲れ気味だった島は、ほっと休息を得たようだ。 洗濯が大好きな物干し自慢のトキおばぁも上機嫌。 今でこそ隣り島から海底送管でふんだんな水がおくられてくるが、 かつて生活用水のほとんどを天水にたよっていたこの島では、 水を大切にし雨をよろこぶ心がいきている。 ところが、民宿ではハツミが頭をかかえていた。 今日泊まる親子連れの客は、予約のときから星を観るのを楽しみにしていた。 「夜は牛よりたくさんの星が出ます」と豪語したハツミだったが、 この天気では星など望めそうもない。 心配した保育所のヨッちゃんは、 島に伝わる昔話「アミヌカン(雨の神)」をもとにした絵本を持ってきて、 雨の大切さを教えてあげるのもこの島ならではだと提案するが、 ハツミはいまひとつ乗り気になれない。 そして、出迎えた港で、大きな望遠鏡を手にうなだれる少年の姿を見たとき、 ハツミの心配は決定的になった。 ハツミから相談を受けたマリーは、 こっそり浜に出てククルヌパナに雨がやむようお願いするが、 神様が決めた天気を変えることはできないと言われ、困り果ててしまう。 でも、きっとマリーにできることがあるはず。風はやさしくそうつけ加えた。 人のいいショウちゃんは海きりんと結託し、 せっかく太陽の島に来て雨にたたられた民宿の客をさそって、雨の海中散歩を決行。 やや濁ってはいるが驚くほど明るい水中に一同大満足するが、 もともと星がお目当ての少年だけは元気にならない。 その頃、マリーは家に戻って、大きな画用紙をひろげ、 いつも見ている夜空を思い浮かべながら星空の絵を描いていた。 その夜、雨の食堂に招待された親子連れは、 オッチャンの銀河イカ墨汁の歓待を受ける。 ひとさじすくうと底からミルクが浮き出てきて、ちいさな天の川があらわれた。 少年が初めて笑顔を見せたとき、 ヨッちゃんを乗せた軽トラ・ハツミ号が陽気な声とともに駆けこんでくる。 ヨッちゃんは島の夜空を描いた大きな画用紙をとりだすと、 雨の空を指さしながら本来島で観れる星をひとつひとつ解説しはじめた。 奇しくもマリーとまったく同じ考え。驚いオッチャンはマリーの顔を見るが、 マリーは用意していた自分の絵を後ろにかくして、一緒にヨッちゃんの星空講義に興じた。 涙ながらに手を握りしめるオッチャンに、マリーはウインクしてみせる。 星の見えない夜空に歓喜の声をあげる少年。そこにはたしかに満天の星があった。 翌朝、雨上がりの島に虹がでた。 オッチャンは「虹をかけるのは神様ではなく人だよ」と一世一代の名言をはき、 また島に来いと少年を送り出した。 ほっとしたハツミの隣りで大きく手をふるマリーは、 出番のなかった星空の絵も宝物になるかもしれないと思っていた。 今日も暑くなる。島にはやはり太陽が似合う。
いつものように港で女性客を出迎えたハツミは、「この島どうです?」ときかれ、 いつものように笑ってこたえる。 「いいとこですよ、なんにもなくて」 「なんにもなくて・・・」 バックミラーを見て気づいた。女性の一人旅は珍しくないが、 この客は島に来るようなタイプではない。どこか透明な感じがする美人。 しかも、この顔、どこかで見たような気がする。 民宿にきた美人客のウワサは、またたく間にひろがった。 ついたあだ名は天使。微笑が天使のようだからだ。 何とかお近づきになりたい男達は、民宿のまわりをうろうろ。 いつも女性客を求めてさまよう島の狩人ノボル(二十二歳・独身)はもちろん、 島の唄者を継承する青年団長シゲさん(四十六歳・これまた独身)までが 昼間っから庭先でこれみよがしに歌ってハツミに追い返される始末。 そんな中、マリーは天使のうれいがかった横顔が気にかかる。 東京で芸能記者をやっている友人から電話を受けたハツミは、 人気絶頂にして失踪した元アイドル・高山美樹がこの島に来ていないかとたずねられる。 先日近くの島で目撃されたとの情報を受け、取材クルーがこの島に向かったという。 「そんなことあるわけないよ」とっさに返したハツミだったが、愕然とする。 天使の正体は、まさしく高山美樹だったのだ。 マリーとハツミは密かに作戦会議をし、取材の魔の手から天使をまもる策を練る。 いきさつはわからないが、わざわざ名前をかくして島に来るには、きっと何か事情があるに違いない。 彼女もまた今島にいきる命。きっと風おじいだってそうしたはずだ。 数日後、やってきた取材クルー。オッチャンは秘伝の残酷海ヘビ鍋で彼らのド肝を抜く。 マリーらもあの手この手で取材陣を追い返そうとしたが、結局、民宿にいつかれてしまう。 仕方なく天使を宿から脱出させ、マリーの部屋にかくまう。 天使にどうして自分をたすけてくれるのかときかれ、「なんでかね」と笑うマリー。 月に祈りを込めて発動したククルヌパナは、事態の好転を示唆するが、 マリーには状況を打破する妙案はなかった。 翌日、なんとか妨害しようとしたハツミの努力もむなしく、 島人への聞き込みをはじめた取材陣。絶対絶命のピンチ。 ところが、青年団長シゲさんは「若い女の客なんてこの島に来るはずないさ」と一笑。 誰もが口をそろえたように知らないとこたえる。それもそのはず、 なんとなく事態を察していた島の人達は、こぞって芝居を打っていたのだ。 おかげで取材陣は無駄足だったと島を後にし、マリーらはほっと胸をなでおろす。 その夜、熱風食堂でにぎやかな酒盛りがもよおされた。 シゲさんの島唄をバックに、誰もが興奮して今日の名演技を自慢した。 マリーやハツミと一緒に食堂を手伝う天使の姿。 あれこれ事情はきかない。それがこの島流。 話すべきことは、話したくなったときに話せばいいのだ。 こうして彼女は天使という存在のまま、しばらく島にとどまることになった。
保育所で、いつものように煙草をくわえたキヌエねーねーが、郵便配達のマサシを怒鳴っている。 双子の海太と風太を自然の中で育てたいと島に戻ってきた彼女だったが、 大阪に残った旦那から月1回届く手紙を楽しみにしていて、 少しでも遅れると決まって腹いせにマサシに怒る。 いつもヨッちゃんが仲介に入って、マサシは命からがら釈放される。 これもまた愉快な島の名物だ。 けれど、今回は半月以上も遅れ、キヌエねーねーのイライラはピークに達していた。 心配したマリーはククルヌパナにたずねるが、 手紙はすでにとどいていると言って、風はやさしく歌うばかり。 そんなはずはないのだが、何をきいても風はこたえてくれない。 いったんあきらめたマリーだったが、 風おじいの畑で汗するハツミの姿を見て一念発起し、 ククルヌパナの力を自由にあやつれるようになろうとひそかに特訓をはじめる。 一方、取材事件の後、島にいついた天使は、 朝からあてもなく浜に行き、ただ海を眺めて毎日を過ごしていた。 現実主義のハツミはその行動を気味悪がったが、 男達は相変わらず天使の味方で、しばらくそっとしておこうと申し合わせていた。 唯一天使に話しかけたのは、オッチャンの父である徳三おじい。 昔話をはじめたら長いことで有名な徳三おじいは、 いい話し相手ができたとばかりに毎日浜へ出かけ、 天使をつかまえて長い長い昔話をきかせるのだった。 そんな折、キヌエねーねーが待つ手紙を実は天使がかくし持っているという根も葉もないウワサが流れ、 島は騒然とする。男達は根拠もなく天使をかばったが、それが裏目に出て、 キヌエねーねー自身も謎多き彼女に疑いを抱くようになる。 誰もいない浜でひとり特訓していたマリーは、 がんばればがんばるほどククルヌパナの力が遠ざかってゆくような焦燥の中、 海辺の岩にたたずむ天使を見つける。 そこはかつて島の人々が海の安全を祈った聖地。 海に手を合わす天使の姿に、この人は手紙をかくしたりしないと安心するマリー。 結局、成果が得られぬまま家に帰ったマリーは、 古老トキおばぁに「よい心はしぜんにそだつもの」と見透かされたように言われ、特訓を断念。 その夜、ククルヌパナは、近くの島まできている手紙の像をマリーに見せてくれた。 翌朝、たまらず港に出向いたマリーは、荷の中から例の手紙を見つけだし、 キヌエねーねーを驚かせる。待ちに待った手紙には、 骨折して手紙を出すのが遅れたことと、大変だから大阪に帰ってきてくれと書かれていた。 ほっとしたキヌエねーねーは、怪我をして電話ひとつよこさなかったことに怒りながら、 「あたしがこの島から出るかっつうの」とキメて、一同を笑わせた。 そのやりとりを見て微笑みながら立ち去る天使。 気になるマリーだったが、ククルヌパナに問うのはやめた。 時がくれば、彼女とも心をひらいて話せるだろう。ここはそういう島だ。
畑のニンジンが育ってきたことに上機嫌のハツミ。 ためしに一本ぬいてみると、とんでもなくやせたしょぼニンジン。 がっくり肩を落とすハツミを、修行が足りんと大笑いするマリー。 そんな折、マリーはククルヌパナの力で、 食堂に新たな刺客が迫っていることを察知する。 果たしてやってきた刺客は、 食堂の壁に貼られた表彰状を見て「笑顔だけで料理は作れない」と不敵に笑った。 その名は野菜王・畠田翁。百姓の中の百姓を自負する野菜づくりのプロだ。 食堂の評判をききつけ、自分の畑でとれた玉ねぎをしこたま持ってやってきた野菜王畠田は、 うまく料理してみろと挑戦状をたたきつけた。 玉ねぎを手にとって本物だと認めたオッチャンは、 この挑戦を受け、勝負の新作料理にとりかかる。 ニンジンの一件ですっかり落ち込んだハツミだったが、髭面の海きりんから、 むかし風おじいがあの畑で大きな玉ねぎをつくったことをきかされ、一念発起。 やみくもに畑の世話に邁進するが、通りかかった野菜王畠田に、 島の土壌は赤土ではなく珊瑚の石灰質なので限界があると教えられ、愕然とする。 だが、頑固印の野菜王畠田も心細やかに手入れされた畑の様子に驚き、 ハツミに野菜作りの秘伝を伝授する。 「あんた、作物に話しかけておるか?」 一方、厨房で玉ねぎと格闘するオッチャン。 山積みされた玉ねぎをひとまず切ることにしたのだが、 なにしろ本物だけに、切るたびに目にしみて、早くも大粒の涙がぼろぼろ。 その様子を浜からじっと見ていた天使。 マリーが声をかけると、天使はおもむろに厨房にやってきて、 なぜかオッチャンの横で泣きながら玉ねぎを切りはじめる。 そこへ、自転車通りかかったキヌエねーねーが加わり、 天使が泣いている?との報を受けて集まってきた青年団の面々やヨッちゃんまでつかまり、 いつしか食堂の浜は号泣大会の様相を呈する。 オッチャンに頼まれて巨大な鉄板を持ってきた古老トキおばぁは、 みんなの様子に腰を抜かすのだった。 夕方、食堂の浜に出向いた野菜王畠田は、バーベキュー然とした様子に驚く。 オッチャンの勝負作は、巨大鉄板で一気にいためる玉ねぎと島牛のソテー。 島コウショウだけの味付けで、素材の甘みと辛さをいかす考えだ。 「なんでかこういうことになっちゃったんだよね・・・」 「あんたのおかげさ、泣いたらすっとしたよ」 半分は冗談で、半分は本音かもしれない。 よく見ると切り口がまちまちでせっかくの香りを殺してしまっているものもあるのだが、 集まった人々の笑顔に、野菜王畠田は気持ちよく敗北を受け入れる。 島では獲れない作物もあるが、この島でしかつくれない料理もあるのだ。 ところが、いざ炒めはじめてみると、これまた強烈に目にしみる。 結局、島酒で乾杯する頃には、誰もが再び涙ぼろぼろ。 これも本物のなせるわざと、泣きながら島酒をついでまわるマリーだった。
夜明け前、新鮮な牛乳をしぼろうとショウちゃん牧場にしのびこんだオッチャンは、 雌牛ハナコに蹴飛ばされ、大怪我を負ってしまった。 隣り島の病院に送られ、当分店には出れそうにない。 せっかくのかきいれどきに、食堂はピンチに立たされた。 途方に暮れたマリーに助っ人を買って出たのは、天使であった。 心強い味方を得てはりきるマリー。 案の定、お客さんはどっと来たが、期待の天使は砂糖と塩を間違えるような料理下手で、 逆にきりきり舞いする羽目になる。 それに、熱風食堂のメニューはどれも手は込んでいないが、 オッチャンの微妙なさじ加減で成立するものであった。 ちょうどその頃、店の評判をききつけたグルメ雑誌から、取材依頼の電話が入る。 普段通りの店がみたいので、取材はここ数日のうちに抜き打ちで行うという。 また取材・・・おののきながらも、オッチャン不在の間に店の看板を傷つけるわけにはいかない。 マリーはこの場を乗り切る決心をし、 自分たちにもつくれる特別メニューづくりにとりかかる。 民宿に泊まっていた謎の料理人・神崎川の手ほどきで、深夜まで悪戦苦闘する二人。 ハツミもみかねて手伝いに加わり、新メニュー・海鮮シチューマリー風が完成。 じっくり煮込んで本番を待つことになった。 ところが、頼みのシチューは飛ぶように売れ、早くも完売寸前。 そこへいかにもこうるさそうな取材者らしき二人連れがやってくるが、 マリーは先にもらったオーダーを優先し、 最後の海鮮シチューをキヌエねーねー親子に出してしまう。 客席にひかえていた神崎川はたまらず立ち上がるが、 天使がそれを制し、自ら大勝負の即席料理に挑む。 緊張の中で出来上がった海鮮シチュー天使風。 取材者二人はぺろりとたいらげて笑顔で店を後にしたが、 後で味をみてみると、案の定、おせじにも美味いとはいえない出来であった。 閉店後、マリーと天使の様子をみにきた神崎川は、 いい店の条件は食べる人を思って料理を出すことだと告げる。 「けど、それだけじゃないのかもしれないな・・・」 本物の取材者は、実は神崎川であった。 二人のがんばりに感銘した彼は、いつかあらめて取材に来ることと、 天使の正体は秘密にすることを約束し、最終便で島を後にした。 夕暮れの食堂、鼻歌まじりで明日の仕込みをするマリー。 ククルヌパナは、オッチャンの帰りが近いことを告げていた。
めでたく退院したオッチャン。ショウちゃんに盗っ人呼ばわりされながら、それもまた楽しい。 すっかり食堂の一員となった天使は、たのまれもしないのに灼熱の厨房に入ってミスを連発。 かわいた笑いをさそう。 にぎやかな食堂のひとときが戻ってきた。 ある日の夕方、浜で島唄をよんでいた青年団長シゲさんは、 若い旅行者ユタカから手ほどきをたのまれる。 島唄を愛するシゲさんは快諾し、稽古をつけることになった。 島唄ブームの折、三線持参の珍客もいるのだが、 トキおばぁが不吉な予言をしたことで、事態はおかしな方向にかたむきはじめた。 「あの者には、命の唄が必要さね・・・」 シゲさんは責任の重大さにおののき、命の唄とは何なのか自問しはじめる。 その話を勘違いしたハツミは、島で自殺者を出してはならないと大騒ぎ。 三線を片手に出かけた旅行者ユタカの後をこっそりつけるが、 ばったり天使と遭遇、目をはなしたすきにユタカの背中を見失ってしまう。 「尾行してたの?」と天使にきかれ、バツが悪いハツミは 「まさか自殺なんてね、私だってそんなこと考えたことないもんね」 と笑ってその場をごまかそうとするが、 「私はあるけど」天使にさらりと言われ、ハツミは大真面目で困惑する。 ククルヌパナの力で何の心配もないことをたしかめていたマリーだったが、 あまりにみんながさわぐので、悪戯心からしばらくそっとしておく。 その間にも話にはどんどん尾ひれがついて、 いつしか旅行者ユタカは自殺志願者としてみんなから監視されるようになる。 牛舎のかげで三線を持ったまま思案に暮れるシゲさん。 重圧はいやがおうにも高まった。 そして迎えた稽古の場で、シゲさんは思い切って告げる。 「あなたに命の唄を教えてやれと島の年寄りにいわれました。 僕の唄はですね、毎日牛の世話をして、ご飯を食べてくそをして、 酒飲んで、ぐっすり寝ることです」 心配のあまり草のかげに潜伏していた一同はずっこけた。 「でも、それは僕の唄でして、あなたの唄ではありません。 だから、僕には教えることができません。でも、 自分の唄がみつからないままあなたが死んでしまったら、 とても悲しいと思います」 旅行者ユタカは一瞬きょとんとするが、やがて柔らかに笑う。 仕事を辞めて何となく放浪していた彼は、 そろそろ今までの自分に見切りをつけようと思っていた。 シゲさんの誠意は、はからずしも彼にひとつの契機を与えたのだ。 草のかげの一同、ほっと胸をなでおろす。 ハツミはおそるおそる「あんたは大丈夫?」と天使に問う。 「昔の話よ」と、天使はおだだやかに笑った。 かくして島の一大事は大円団で幕を閉じた。 夕暮れの海をバックに、二人の島唄がきこえる。 決してうまいとはいえないが、他の者には奏でられない歌だ。 オッチャンは「命の味とは何であろう」とおどけながら、 マリーにできたての元気そばを持っていかせるのだった。
ある日、食堂にたいそうな桐の箱を抱えた上品なお客がやってくる。 着物姿の婦人は箱の中から取っ手のついた武骨な焼き物をとりだすと、 この皿に見合う料理を盛ってくれと注文した。 さて、オッチャンは困ってしまった。 なにしろ熱風食堂は食材以外はすべて間に合わせで、お皿やコップもあるものを使っているだけ。 器へのこだわりなどまるでないのだ。 徳三おじいが有名どころの高価な焼き物だと言うので、 オッチャンはさらに弱るが、断りきれずに厨房に入る。 ところが、その皿を受け取った天使は、緊張のあまりお皿を洗い場に落っことしてしまう。 見事に砕け、とれてしまった取っ手。 婦人は気にしなくていいと笑ったが、天使は落ち込んだ。 ククルヌパナの力にどうすべきか問うたマリーは、 あの皿が大切な思い出の品だと知り、民宿をたずね婦人から話をきく。 お皿は亡くなった旦那さんが作ったものだった。 かつてオッチャンが勤めるレストランのお客だった夫は、 シェフの料理を盛ってもらうのをたのしみに陶芸をはじめ、この皿を残して世を去った。 一周忌を終えた婦人は、レストランの支配人からオッチャンの居場所をきいて、 はるばるこの島までやってきたという。 うれしくなったマリーは、婦人に頼み込んで割れた皿を再び受け取ると、 最高の料理を約束して、食堂へ走る。 その話をきいた天使は、ますます責任を感じて落ち込む。 何とかしなければならないとオッチャンは立ち上がるが、うまい料理が思いつかず苦悩する。 もともとお客さんの顔を見てつくるタイプの料理人。 当の本人が目の前にいなければ、なかなか力を発揮しにくいのだ。 一方、なんとか婦人を元気づけたいハツミは、愛車で島案内に出発する。 が、途中、ハツミ号のドアがとれてしまうというアクシデントに見舞われ、あえなく引き返す。 潮風にさらされ腐ったドアを直しながら、いつになく落ち込むハツミ。 隣りでは天使が深いため息。事態はいよいよまずい方向に向かいつつある。 夕暮れの海からやってきた海きりんは、 「やれやれ、人間なんてやっかいなもんだな」と笑って、 大きな貝殻の上にガーラという魚を置いてゆく。 それを見たオッチャンは目が覚めたように厨房に入り、ガーラをさばきはじめた。 あるものを使ってやってきた本質をありのまま見せるしかない。 開き直ったオッチャンの瞳に、ふたたび力がみなぎった。 その夜、食堂に招待された婦人は、素晴らしい光景に出会う。 昼間割れた夫の皿に、見事な活け作り。 脇を彩る青いパパイアと赤い海草には、島こしょうのソースが添えられた。 「あんたの皿は、皿としての機能を失っていないさ」 けれど、なにより驚いたのは、欠けた取っ手が風鈴として潮風に揺れていたことだ。 勇気を出して挑んだオッチャンの誠意は伝わった。 ここまで来てよかったという婦人に、風はやさしくこたえた。 翌日、熱風食堂の軒先に、風鈴がお目見えした。 婦人の意思で島に残った取っ手は、今日も島風を受け、涼しげな音を奏でる。 それは、マリーにとって最高の誇りである。
マリーの庭に初めて花が咲いた。 荒れ放題だったオッチャンの家は、同居人を得て生まれ変わった。 マリーはハツミに負けじとすこしづつ庭の草を除り土をならした。 すると石垣の脇から芽が出て、ひとりでに咲いた。 トキおばぁの家にたくさん咲いている花で、おそらく勝手に種がとんできたのだろう。 それでも一人前の庭になったような気がして、マリーはうれしい。 大はしゃぎの天使がその花を小型カメラで撮る。名前さえ知らないけれど、大切な花だ。 お隣のトキおばぁの家は、にわかに活気づいていた。 トキおばぁが家族祭りと呼んでいるそれは、いわばお盆の行事。 長男の命日にあわせて、先祖代々の御霊をまとめて呼んで接待する。 風おじいが子供の頃からすでにオバアだったというから、 トキおばぁがいったい何歳なのかわからないのだが、 七人の息子はいずれも他界し、孫も島外に散らばっているため、 おばぁは毎年ひとりで家族祭りをとりおこなってきた。 ひとりになったトキおばぁは、この島の母となり聖地をまもってきた。 北国から嫁いてきたヨッちゃんの相談相手となり、 徳三おじいの家で生まれたオッチャンをとりあげ、 毎日空に洗濯物をかかげ、暮らしの知恵とあやしい予言を島にもたらす。 オッチャンは買出しの際に上等の物干し竿を仕入れ、 婦人会からは洗濯石鹸(ただし固形)がトキおばぁに贈られた。 マリーも日頃の感謝をかたちにしたいと思い、 保育所のヨッちゃんにトキおばぁの絵本をつくろうと提案するが断られる。 そんなことをしたら「おばぁがいなくなるような気がするから」。 困ったマリーはククルヌパナの力で風に相談するが、 案の定、マリーが元気でいればそれでいいと微笑むばかり。 そんな頃、ショウちゃんの牧場で大量の洗濯物が出たことを知ったマリーは、 ハツミ号でそれをひきとり、洗濯しようとトキおばぁにもちかける。 折りしも家族祭り当日、トキおばぁは困った顔をしながらも、 庭に出て、マリーらと一緒に洗濯をはじめた。 上機嫌のマリーはこの庭に咲く花の名をたずねるが、 当のトキおばぁは知らないと笑う。 「マリー、咲くものはみんなただの花さ」 天使は公民館の植物図鑑で花の名を調べて駆けつけたが、 そのやりとりを見て、黙って洗濯に加わる。 「筋が悪い」とトキおばぁに言われても、今日ばかりはいい気分。 ハツミがつくるしゃぼん玉は、青い空に吸い込まれ、勢いよくはじけた。 大量の洗濯物が新しい物干しになびいた頃、 百個の餅を持ってオッチャンがやってきた。 再開された家族祭りに、今年は五人の生きた客あり。 花が揺れる庭先には、きっとたくさんの元気な幽霊が遊んでいることだろう。 誰ひとり名前は知らないけれど、みんな楽しげだ。 マリーはそのことを誰よりも知っていた。
民宿の庭先で気持ちよさそうに昼寝するハツミ。 繁忙期になってからというもの、午後の休憩時間はいつもこう。 日記をつけようとして、ついうとうと。 大きく笑って、どこでも眠る。だからハツミを見ていると、みんなが元気になる。 マリーがやってきてこっそり日記をのぞくと、 「マリーはにくらしい」とか「オッチャンはくさい」とか、 ハツミらしい簡潔な文章がならんでいる。 その中に「さびしい、さびしい」という文字。 よく見ると来週の日付だ。心配になったマリーは心に花を思い描くが、 ククルヌパナは優しい音楽を奏でるばかり。 そんな頃、東京からハツミのばあちゃんがやってきた。 案の定、ハツミをひとまわり大きくしたような元気おばあで、 来た早々に漬物をくばり歩いたかと思えば、洗濯自慢の古老トキおばぁと物干し一本勝負を演じ、 鮮烈な島デビューをかざる。 恥ずかしいと言いつつもハツミはまんざらでない様子。 ハツミは午後の昼寝も返上し、すっかり愛車となった軽トラ・ハツミ号であちこち連れてまわり、 ひさしぶりの孝行に精を出した。 ハツミと遊べなくてつまらないマリーは、ハツミ号の荷台にかくれて二人に同行。 走り出した荷台の上で「あはは、この私から逃げられると思うなよ」と立ち上がり、 ハツミ以上に無茶苦茶な娘だとばあちゃんにほめられ、複雑な気持ちになる。 むかしの桟橋に着いた三人は、船上で待っていたカワハギ艦長から、地引網の歓待を受ける。 ばあちゃんがその場で器用にとれた魚をさばき、桟橋の上で即席パーティー。 マリーは島の踊りを披露し、ばあちゃんにほめられ得意になる。 最後の夜、マリーらが主催した送別会に招かれたばあちゃんは、 主役のはずが熱風食堂の厨房を占拠。 ハツミをよろしくとばかりに、オッチャンのお株を奪う豪快な「元気鍋」をこしらえ、 にぎやかに宴を盛り上げた。 食堂の席で寝てしまったオッチャンは、翌朝、きれいにかたずけられた厨房に驚く。 その鍋の磨き方に本物を感じたオッチャンは、 ばあちゃんのパワーの源が元気ではなく真心にあったことを知り、 思いあらたに今日の仕度をはじめるのだった。 昼の船で帰るばあちゃんを見送ろうと民宿をたずねたマリーは、 ばあちゃんが急に朝の便で帰ってしまったことを知って落胆する。 ひとり見送ったハツミもけろりとして「ばあちゃん、また来るってさ」と笑う。 なんだか拍子抜けだ。 けれど、夕方、マリーは風おじいの畑でこっそり泣いているハツミを発見してしまう。 「さびしい、さびしい」日記にあらかじめ記されていたあの一行。 交通事故で早くに両親を亡くしたハツミにとって、 ばあちゃんは唯一の肉親だから、淋しくないわけがない。 ハツミはいつも笑っているけれど、泣きたくなるとここへきて、 誰にも内緒で泣いていたのかもしれない。 マリーは声をかけるのをやめ、しずかに泣き声をきいた。 風おじいの畑は良い人に受け継がれた。そのことがうれしい。 翌日、夜明けに畑に入ったマリーは、土に立て札を立てた。 「ハツミ農園」 この畑はハツミの笑顔を育む畑。だから、ハツミの名こそふさわしい。 これを見たハツミは、いったいどんな顔をするだろう? もうすぐ畑の主が、朝一番の世話にやってくる。
ハツミばあちゃんの影響ですっかりこぎれいになった熱風食堂。 オッチャンは野外席にテーブルクロスを導入。 似合わないと主張するショウちゃんらと対立し、とっくみ合いの喧嘩になる。 無責任に声援を送るキヌエねーねー。 そんな騒動も楽しい食堂は、マリーにとってやはり世界でいちばんの場所だ。 従業員が出払った民宿で客からの電話を受けてしまった天使は、 一大決心で軽トラ・ハツミ号で港まで出迎えに行く。 客の滝川夫婦から「この島どうです?」ときかれ、 とっさにハツミの台詞をまねて「いいとこですよ、なんにもなくて」 熱風食堂を見たいという滝川夫婦の要望を断りきれずに浜に向たった天使。 ところが、急にとび出してきた牛の親子に動転し、ハツミ号ごと食堂に突っ込んでしまう。 けが人はなかったが、厨房は半壊。野外席も見事に滅茶苦茶。もう喧嘩どころではない。 「本当に何もないのでしょうか・・・」と心配げな滝川夫婦に、苦笑いするしかない天使。 「臨時休業」の貼り紙が出され、早速、作業がはじまった。 オッチャンの号令で、ショウちゃんやシゲさんは仕事返上。 滝川夫婦まで駆り出され、ともに汗をかく。 やってしまったものは仕方ない。あとは再建するだけだ。 天使だけはあしでまといになるからと参加を断られ、海辺でひとりしょげる。 彼女をなぐさめようとした徳三おじいは、お得意の長い昔話をはじめる。 「人生はたすけあい、昔から台風で屋根が吹っ飛ばされたら、みんなで葺いたさ」 夕方にはだいたいのメドがついた。 暑い中手伝ってくれた人たちに、オッチャンは即席海水雑炊で労をねぎらった。 あちこちからマリーを呼ぶ声。店が壊れようと、食堂は健在だ。 そんな様子を見て、滝川夫婦はこの島に住みたいと言い出す。 南の島で喫茶店を開くことを夢見る夫婦は、移住先をさがして島々をまわっていた。 「これも何かの縁です」 ところが、オッチャンは島の暮らしは甘くないと言い捨て、夫婦を宿に追い返してしまう。 心配するマリーだったが、滝川夫婦は翌日も食堂にあらわれた。 オッチャンは笑顔で二人を迎え、黙々と再建に取り組む。 思えば一年前、オッチャンが帰ってきたとき、島のみんなの反応は冷ややかだった。 オッチャンはひとりで厨房を建て、誰も本気にしなかった開店にこぎつけた。 マリーが食堂を手伝うようになったのは、そんな姿を見ていたからだ。 「本気だって認めてもらうには、覚悟と時間がいる」 オッチャンの真意をさとったマリーは、滝川夫婦をじっと見守る。 一方、自ら滝川夫妻をお見送りすると決めた天使は、 嫌がるハツミにたのみこんで運転の特訓に励む。 ハツミ号に刻まれる傷とともに、 彼女も新たなステージに踏み出していた。 数日後、ようやく整った厨房で、滝川夫妻は緊張した面持ちでみんなに紅茶を入れ、 マリーと天使に送られて島を出た。 結局、あれ以来、滝川夫妻から移住の話は出なかった。 果たしてこれで良かったのかどうかわからないが、 ククルヌパナの力は彼らの行き先にあたたかな光を映し出す。 きっと夫妻はオッチャンの気持ちを受け止めて、素敵な店を持つだろう。 いつかまた会えるといい。 熱風食堂に新メニューが加わった。 飲む人の気持ちによって微妙に味わいを変えるその紅茶は、 一年後に民宿の隣りに開店する小さな喫茶店に引き継がれることになるのだが、 その話はまたいずれかの機会に。
ある日の保育所、キヌエねーねーが「この島はダメだ」と言い出し物議をかもしだす。 最近、ちかくの島が相次いでドラマの舞台となったし、 他の島には花のあるスターがいるのにここの唄者は青年団長シゲさんだけ。 依然としてなんにもない地味な島。 たしかに一理あるのだが、天使がいきなり「なんにもないことはない」と反論し、 冗談半分だった一同を驚かせる。 日々自己嫌悪とたたかう天使は、しばしば保育所のヨッちゃんをたずねるようになっていた。 彼女は島の母。彼女に話をきいてもらうだけで胸がすっとする。 そのたびにヨッちゃんはおだやかに言うのだ。 「あなたには、あなたしかない力があるはずですよ」 そんな折、食堂の再建で無理をしたマリーが熱を出してしまう。 トキおばぁから外出を禁じられたが、この繁忙期に寝ていなどいられない。 マリーはこっそり家を抜け出すが、 そうくると思って待ち構えていた天使にはばまれ、泣く泣く寝かされる。 同じく逃げ出したらつかまえようとしてたハツミは、地団駄を踏んでくやしがった。 当初ハツミが「天使」と呼ぶときはいくらか皮肉が含まれていたのだが、 それでも最近二人は似てきたようだ。 マリーに代わって食堂に出た天使。風鈴の音に責められながらも懸命に働く。 あいかわらずの人気者だが、 バナナジュースの量を均等にしようと二つのグラスと格闘し、 もたもたするなとオッチャンにしかられる。 「おーい、代役、早く麦茶麦茶」 「あ、はい、ちょっと待ってください」 シゲさんが持ち込んだ小型テレビから、「元アイドル・高山美樹、北海道で目撃」 なる衝撃的な誤報が流れているが、誰も気にとめない。 彼女は特別な存在ではなく、すでに島の一部になりつつある。 午後、しょんぼりして保育所をたずねる天使。 ヨッちゃんは近くの道端に咲いたパパイアの花を見せようと天使を連れ出すが、 ちょっと目をはなしたすきに、元気盛りの風太がいなくなってしまった。 保育所内をさがしてみたが、風太の姿はない。 責任を感じた天使は、あたりを走りまわって風太をさがすが、 あまりの日ざしに意識朦朧として道端に倒れてしまう。 その強烈な像は、家で寝ていたマリーのもとに届いた。 ハツミのときと同じように、ひとりでにククルヌパナが発動した。 マリーはあわてて起きだし、軽トラ・ハツミ号で出動。 首尾よく風太を保護し、不安の中で天使をさがすが、 倒れた天使をたすけのは意外にもキヌエねーねーだった。 「まったく、やっかいな女さ」 キヌエねーねーが笑うと、心配していたマリーもなんだか急におかしくなった。 マリーに不思議な力があると薄々感づいているハツミは、 「他人のことになると強い」と笑いながら、島にいる喜びを感じていた。 その夜、元気なった天使をたずねて、宿にたくさんの人がやってきた。 彼女は相変わらず苦笑いで、ひとりひとりに申し訳なさそうにお礼を言った。 なにもない島に、ちょっとやっかいな天使あり。 それをほこりに思っていないのは、おそらく当の本人だけであった。
太陽の季節、青い海を求めて多くの恋人たちが南の島を訪れる。 「なんにもない」この島に来てしまった二人にも、 美しい海はそれなりの思い出をくれる。 毎日港で出迎えるハツミは、ちょっと嫉妬しながらも、二人にとって良い夏になるよう祈る。 ところが、今日のカップルは何かおかしい。 学生らしいのだが、初々しいというか、まだ発展途上なのだ。 客のプライベートに触れない主義のはずがおせっかいと化したハツミは、 悪ノリしたマリーと天使をまきこんで、二人を距離を縮める作戦を練る。 そんな折、ノボルが東京から来た女子大生をゲット。翌日、海へ行く約束をとりつける。 女性客には必ず声をかけ島の狩人と称されるノボルだが、 これまでうまくいったためしはなかったので、一気に有頂天。仕事も手につかなくなる。 見かねたオッチャンは頭を冷やせとパパイヤ氷を差し出すが、いっこうに効き目なし。 純な恋心はやみくもに燃えあがるのだった。 一方、三人のキューピットは、「恋には障壁が必要」というキヌエねーねーの助言通り、 ことあるごとに二人の邪魔をはじめた。 「あはは、この私から逃げられると思うなよ」 どこまでも追ってくるハツミ号に最初は戸惑う二人だったが、よくわからぬまま応戦。 「なんて島なんだ」とぼやきつつも決死の逃避行を試み、 ハート島せましとドタバタの鬼ごっこを展開。 敵味方の間に奇妙な友情が芽生えてゆく。 ノボルの成功を知った島の男衆はうまくいくはずないと揶揄するが、 ショウちゃんだけはなぜか大感激。「せっかくだから、最高の海を見せてあげましょう」と、 カワハギ艦長に頼み込んで船を算段する。 準備は万端。百戦錬磨のノボルもなんだか緊張してくるのだった。 夕方、三人の愚考を知ったオッチャンは、 いいかげんにしろとたしなめるが、マリーは聴く耳を持たない。 天使はといえば、夜に宿を抜け出してロマンチックな月の浜へ出た二人をつかまえ、 食堂にひっぱりこんで強引に宴会をはじめる始末。 仕方なくオッチャンは恋がかなう特製カクテルをつくってあげるが、 それも争奪戦の末、ハツミに飲まれてしまう。 けれども、三人の真意を知った学生カップルは、妙な緊張もとれ、 すでに奇妙な歓待をたのしんでいた。 「ねえ、オッチャンは恋しなかったの?」 「したさ、その昔、とびきりでっかいのをな」 初恋の人と再びめぐりあう願掛けをしたオッチャンは、 その人にいつか最高のランチを食べさせようと必死で修行し一流シェフになった。 その半生はとてもドラマチックだ。 「恋したら、人もでっかくならないとな」 透明な月は、大騒ぎする食堂を、いつまでも照らしていた。 翌日、素晴らしい海日和になったものの、 狩人ノボルがデートを約束した相手は、朝一便で島を出てしまっていた。 愕然とするノボルを尻目に、港に男達の無常な笑い声が響く。 たいていの場合、現実なんてこんなものだろう。 最後まできちんと邪魔してやろうと学生カップルを見送りに行ったマリーは、 二人にせがまれて一緒に船に乗せられてしまう。見送るはずが送られるマリー。 見えなくなるまで港で手をふるハツミの姿に奇妙な感覚を抱きながらも、 この島の別れは最高だとあらためて知る。 空港の島の港で、一緒に記念のプリクラを撮って二人と別れた。 思い出の夏を越え、彼らはどうなってゆくのだろう。 にぎやかな港には、今日きたばかりの客が行きかう。 その様に目を細めながら、マリーは大好きな島へ戻る船を待った。
牛のセリ市の日、島は活気づく。いつもは冗談ばかり言っている島のにーにー達も、 この日ばかりは真剣な表情でかっこいい。 その中で、若頭のショウちゃんはなんとなく元気がない。 原因は一種の恋わずらい。学校に産休教師できていた裕子先生が、 この夏でいなくなってしまうからだ。 すっかりおせっかいづいたハツミは、裕子先生が島にいる間に、 ショウちゃんに告白の機会を与えようと、 天使とともに裕子先生を海へ連れ出す計画を立てる。 周りは奇跡の珊瑚礁。島の北岸には、ウラ干瀬と呼ばれる大潮のときだけ姿をあらわす幻の穴場がある。 島の男達は天使と一緒に行きたい一心で船を出すことを快諾。 恥ずかしがるショウちゃんを無理やりもりたて、秘密の計画が決行された。 今回ばかりは置いてきぼりをくらったマリーだったが、 ククルヌパナの力でハツミらの陰謀を見事キャッチ。 許すまじとばかりに、とびきり苦い薬草を使った復讐出前弁当をこしらえ、 海きりんが繰るボロ船で一行の後を追う。 ところが、ウラ干瀬洋上では、肝心の裕子先生が実は泳げないことが発覚し、一同困りはてていた。 マリーは誰でも泳げるおまじないをした特製弁当だと うそをついて苦い弁当を食べさせ、裕子先生を海へといざなう。 おそるおそる海に入った裕子先生はいったん溺れかけるが、ショウちゃんのサポートで立ち直り、 初めて自分の力で泳ぐ。そこには色とりどりの魚がたわむれる美しい世界があった。 マリーがひと足早く海からあがると、船の上でカワハギ艦長が水平線を見ていた。 「マリー、海の上は最高だね」けれど、かわいがっていた見習いの義弘君はもういない。 艦長は時折こうして海を見ながら自分に問いかける。 「ここで厳しくしないとダメだって思ったんだけど、もっとあいつの気持ちを考えてやるべきだったかな・・・」 艦長もまたあの春の嵐で大切な人を失ったのだ。 「あいつを許してやってくれ」と言う艦長に、 「義弘君はきっと帰ってくるよ」と笑うマリー。潮風はやさしく二人の頬をなでた。 いろいろあった海の一日は、なかなかいい感じで幕を閉じたかにみえた。 とろこが、帰りの船で、裕子先生はみんなにお礼を言うと、今度は婚約者を島に連れてくると爆弾発言。 愕然としつつも、男涙で拍手を送るショウちゃんであった。 夕暮れの熱風食堂に、ぬけがらのようなショウちゃんの姿。 オッチャンは黙って特製ドリンクをさしだす。 失恋をなぐさめるかにみえたそれは、実は昼の残りの苦い薬草絞り汁。 思わず顔をしかめた悲痛の失恋男を、厨房にかくれていたマリーらが指さして笑う。 くよくよしてもはじまらない。ショウちゃんもやがて仕方なく苦笑い。 ひとひらの思い出をのこして、島の夏はまだまだつづく。
マリーのもとにうれしい知らせが届く。 都会に住む親戚のクンちゃんが、急に島にやって来るというのだ。 マリーは島を案内する計画をあれこれ立て、ハツミら周囲をあきれさせる。 港で出迎えたマリーがあまりに元気になっていることに驚くクンちゃん。 「この島は私のお母さんだもの」というマリーの笑顔に、クンちゃんは一瞬どきりとした。 「この島は変わってない」と言われるたびにはりきるマリー。 子供の頃クンちゃんが見た景色を共有していることにうれしくて、 クンちゃんの手をひいて西東。 クンちゃんに一目ぼれモードのハツミは、 子供のマリーにあからさまな闘志を燃やしはじめる。 夕食の席で島に来た理由をきかれ、とっさにクンちゃんは、 「大学の課題レポートを書くため」とこたえる。 なんでも昔きいたこの島の妖精の伝説を調べたいという。 ところが、島の人々は首をかしげた。マリーもそんな伝説はきいたことがない。 海きりんは自分こそ海の妖精だと名乗り出るが、 いつも人間の格好をしているようなやつは妖精とはいわないとみんなから一笑され、 すっかり自信を失うのだった。 とにかくクンちゃんを案内しなければ。 マリーはククルヌパナに妖精の居場所をたずね、 深い森の中にある大きな石の上に生えた大樹の映像を得たが、かえって困ってしまう。 いまの島はいちめん牧場で、それらしい森の目星さえつかないのだ。 一方、天使を駆り出して愛車のハツミ号を洗車したハツミは、 民宿に貼ってある島の航空写真をまじまじとながめ、 妖精のいそうな場所に思いをめぐらせる。 そして、ある意味とんでもない事実に気づいてしまい、思わず吹き出す。 「この島、よく見たら、ぜんぜんハート形じゃない」 翌朝、クンちゃんと妖精探しに出たマリーは、 行っても行っても牧場の島を、あてもなく自転車でさまよう。 それを知ったハツミはハツミ号で猛追するが、なぜか二人を見失ってしまう。 見たこともない森に迷い込んだマリーは、石に生えた大樹にめぐりあった。 妖精の姿こそ見えないが、そこには幻想的な空気が流れていた。 「この島がマリーにとってどんな場所かわかった気がする」 クンちゃんは樹を見上げ、しずかに笑った。 帰る日の朝、ハツミ号の荷台に乗って島を一周した二人は、 牧場の真ん中で、石の上に生えた樹を見つけ絶句する。 この前、森で見たものはいったい何だったのか・・・ ここはハート島、不思議いっぱいの島でもあるのだ。 「また来てねー」 クンちゃんは船の上で大きく手をふりながら、ポケットのメモを海に捨てた。 そもそもこのメモを手渡すために島に来たのだが、今のマリーには必要ないかもしれない。 海中からあらわれてそのメモを拾った海きりんは、 「やれやれ、人間なんてやっかいなもんだな」と意味ありげに笑う。 それは、クンちゃんが苦労の末につきとめたマリーの母親の連絡先だった。 マリーの母は、実は東京で生きている。 しかしそのことは、まだ誰も知らない。
夏休みの登校日、最後の教壇に立った裕子先生は、初めて見た海の話をし、 いつまでも美しい島でいてほしいといって、午後の船で島を出た。 港の別れはいつも明るく切ない。 手をふるマリーらの横で、ショウちゃんは涙ながらに海へダイブ。 島ではこれが最高の別れの表現なのだ。 抜け殻のように海辺を歩いて帰った一行は、 西の浜の途中で、砂浜に意味ありげに立てられた棒を見つける。 掘り返そうとする旅行者を、マリーがあわてて止めた。 西の浜には、夏場の満月の夜に、ウミガメが産卵にやってくる。 棒は海洋研究センターの研究員が立てた産卵地の目印なのだ。 双子の海太と海太が、先日遭遇したウミガメについて自慢げに話す。 「ウミガメのお母さんが来てくれたのはよ、僕がいい子にしてたからさ」 ハツミがぜひ産卵の現場を見たいと言い出し、 マリーを案内役に天使と三人で今夜西の浜に行くことになった。 マリーはククルヌパナの力で今夜母ウミガメが来ることを確信し、ひそかに胸をふくらませる。 一方、食堂で不意の電話を受けたオッチャンは、あわててマリーをさがしていた。 結局、見つけることができず、再び食堂へ戻るオッチャン。 おもむろに新料理の仕込みに入るが、うまく手元がさだまらない。 オッチャンはいつになく動揺していた。 その夜、民宿に集結したマリーらは、ハツミ号に三人乗りして出かけ、 ぬき足さし足で西の浜へ入った。 ところが、浜には動く影もなく、静かに波が寄せるばかり。 仕方なく砂に寝転がる三人。いまにも降ってきそうな満天の星空。 言いだしっぺのハツミは昼間の疲れから熟睡してしまい、 のこされたマリーと天使は、母ウミガメを待つことになった。 星空の下、そろそろ「この旅」を終わりにしようと思っていると告げた天使は、 母親に会ったらどうするかとマリーにたずねる。 そのときになってみないとわからないとこたえたマリーだったが、 ククルヌパナが道を示してくれるような気もする。 風おじいはそのこともあって心の花をマリーに託したはずだ。 いつのまにか眠ってしまったマリーは、翌朝、研究員に起こされた。 三人が寝ていたすぐそばに、昨夜はなかった目印の棒がある。 決定的瞬間を見のがしたとハツミはくやしがったが、 マリーはこれでよかったのかもしれないと思った。 ウミガメはたしかにやってきて、ここに新しい命を生んだのだ。 朝帰りの不良娘を迎えたのは、オッチャンの新料理・星砂スープ。 浜に流れ着いた星砂を底にしずめ、徹夜で仕込んだ特製スープだ。 発想はよかったのだが、口にふくむとじゃりじゃりして、とてもお客に出せるシロモノではなかった。 やがて朝から上機嫌のカワハギ艦長がやってきて「海の上は最高さ」と連呼する。 海のきらめきに目を細めるマリーは、こんな日がずっとつづくような気がしていた。
苦労も幸せも、海の向こうから風に乗ってやってくる。 それをあるがまま受けとめることが、島で生きるということさ。 食堂の席で、天使が徳三おじいの話をきいている。 おじいの昔話は長いことで有名なので、いま相手をするのは天使ぐらい。 みんなは祭りの準備で大忙しなのだ。 海神をまつる夏祭りは、戦後に公民館の音頭とりで復興した手作り行事。 まさに島じゅう総出。 子供のマリーも余所者のハツミも、重要な島の一員として、祭船づくりに夢中。 今年の目玉は、ヨッちゃんの発案で牛の顔を描いた大きな祭旗。 「五風十雨」と書かれた本来の旗も、青年団の手で一新された。 日一日と祭りが近づくにつれ、島外に出ていた者が続々と帰ってきて、島は活気づく。 迎える方もうれしい。ハツミは初めての祭りを精一杯たのしもうと、 元気に港と民宿とを往復した。 けれど、マリーにとって何よりうれしかったのは、 春の嵐の一件で島をはなれた義弘君が、 海人になる思いあらたに島に戻ってきてくれたことだった。 カワハギ艦長は涙ながらに家々をまわり、とれたての魚をくばり歩いた。 「またよろしくお願いします」真っ赤になって頭を下げる義弘君が、 とても晴れやかに見えた。 そんな折、祭りの成功を祈ってククルヌパナを発動させたマリーは、 なにかとんでもないことが起こることを予見してしまう。 しかし、周囲に注意を払っていたおかげで、 腹痛を訴えたキヌエねーねーの息子・海太が盲腸だと見抜くことができた。 首尾よく病院のある島に送りだし、ほっと胸をなでおろす。 感極まったハツミはマリーを抱きしめ、力まかせに喜びをわかち合う。 「あたしはずっと中途半端だったんだ、でももうやめた、 これからはいくところまでいってやるんだ」 驚くマリーにかまわず、ハツミはごうごう泣きながら「ありがとう」を連発。 「お祭りがんばろう」と繰り返した。 「あたしは、いくところまでいってやるんだ」 人前で泣くハツミを初めて見た。つまるところそれが、この島の夏なのかもしれない。 祭り前夜に催された余興の芸能大会で、 マリーとハツミはかつてのアイドル・高山美樹の曲に挑む。 洒落のつもりが、天使はいきなり舞台にあがってマイクをうばい、二人にウインクを送ってみせた。 島ではまるでいいところのなかった天使だが、プロの本領発揮。 自ら素性を明かした復活ライブは大盛況で、 彼女にとって忘れられないステージとなったに違いない。 トリをつとめたシゲさんの唄でみんなが踊ると、興奮は高まる。 オッチャンが一昼夜かけた「牛汁風モーレ鍋」も最高の出来。 祭り本番に向け、すべてが順調にすすんでいた。 そして迎えた当日。 トキおばぁが朝いちばんでくんできた海水を拝所にそなえると、 あとは男たちの出番。会場の浜は、祭船競争の始まりをいまかいまかと待っていた。 ハツミ号で島外からの見物客を迎えに行ったマリーは、港の空気がなんだかおかしいことに気づく。 元気にあらわれたマリーに、みんなが戸惑いの色をかくせない様子。 首をかしげながらも、いつものようにお客に駆け寄るマリー。 桟橋に立っていた婦人は、はっとするほど綺麗なひとだ。 「ようこそハート島へ」 荷物を受け取って、はじめて気づいた。それは、直感だった。 目の前の客は、消息を絶っていた母親に違いない。
朝の海辺でひとりたたずむマリー。 心に花を思い描いてみるが、ククルヌパナは何もこたえてくれない。 マリーは行き場のない混乱の中にいた。 夏祭りは大成功に終った。会場に出した熱風食堂の出店も大繁盛。 臨時店員として駆り出されたハツミや天使も大忙し。 我を忘れて働けることは、マリーにとって好都合だった。 予告もなく島にやってきた母は、祭りの会場には姿をあらわさなかった。 港から島はずれのペンションに投宿したはずだが、 母の方からは何の連絡もきていない。 オッチャンも何も言わない。島の人達はあえてこの話題には触れず、 息をひそめてことのなりゆきを見守っているようだった。 心配したハツミは、ことあるごとに冗談を言ってマリーを笑わせようとしたが、 マリーはうまく反応することができず、打ち上げの席でついにハツミとケンカしてしまう。 そんな中、天使が島を去った。 元アイドル・高山美樹は、偶然この島にやってきて、かけがえのない夏を過ごした。 当初の憂いはすっかり消え、愛嬌のある笑顔だけが心の中にある。 男衆が次々と港に飛び込む横で、マリーはしずかに手を振った。 別れ際、天使はマリーに耳打ちし、実は自分には子供がいると打ち明けた。 アイドルという立場ゆえ手ばなしてしまったその子を、今から取り戻しにゆくのだと、笑顔で言った。 それは、意を決した独白のようにも、マリーを励ますための不器用なお芝居のようにも思えた。 ひるどきを終えた熱風食堂に、とうとう母がたずねてきた。 オッチャンは無言で席をはずすが、動揺したマリーは、 何か言おうとする母から逃げ出してしまう。 残された母に、オッチャンは一杯のそばをさしだす。 晴れた空の下、普段はにぎやかな食堂の席に、波の音だけが響いた。 泣きはらした目で西の浜にたどりついたマリーは、待ち受けた徳三おじいにつかまる。 おじいは思い出したように、マリーの母は実はオッチャンの初恋のひとだったと告げる。 そして「人も風もめぐっているさ」と、まぶしげに空をあおぐ。 志を抱いて島を飛び出したマリーの母は、都会で愛する人の子を生んでいったんは島に戻るが、 夢をあきらめきれず再び島を出る。それから連絡を絶っていたが、 どうやら親戚のクンちゃんが半年がかりで居場所をつきとめたようだ。 おじいが海になってからのことを知った母は、マリーをひきとることを決心し、 十年ぶりに島に来たという。 「よほど勇気がいったと思うよ」という徳三おじいに、 マリーはどうしたらいいかたずねるが、徳三おじいはいつもの聞こえないふりで、 「風がいいさ、マリー」と笑った。 その夜、酔っ払って帰ってきたオッチャンは、マリーの手を握り、 「人がいるべき場所は、待っている人がいる場所だ」 といつかの言葉を繰り返し、そのまま寝てしまう。 もしかしたらこの人は、いつかこの日が来ることを知っていて、 わざわざ島に帰ってきたのではあるまいか。そんな突飛な仮説が浮かんだ。 マリーはいつものようにオッチャンに布団をかけてあげ、 自分のいるべき所はやはりこの島だと思う。 一方で、ここまで来てくれた母の気持ちに応えたいとも思う。 自分らしくあるにはどうしたらいいのか、マリーはまだこたえがみつかっていない。 翌朝、東京へ帰ることにした母は、再びマリーをたずねてきた。 名もない花が咲く庭で親子は初めて対峙するが、 ほぐされてゆく心に戸惑うマリーはどうしていいかわからず、またも逃げ出してしまう。 ハツミ農園に逃げ込んだマリーは、うずくまって泣いた。 時間を気にしてマリーをさがしまわるオッチャンらの声がきこえたが、 出てゆく勇気はなかった。おそらくこのまま母を乗せた船は出てしまうことになるだろう。 そこへいきなり軽トラックがつっこんできた。ハツミ号だ。 「がはは、このあたしから逃げられると思うなよ」 腕組みをして立つ雄姿、ハツミだった。 「あたしはおまえみたいなガキが、いっちばん嫌いなんだ」 そう言ってマリーの尻をぴしゃりと叩き、有無をいわさず軽トラの荷台に押し込める。 「たまには自分のためにがんばってみろ」 ハツミという人は、ときにとんでもない馬鹿力を発揮する。 やはり頼れる相棒だった。 「いいかい、飛ばすからしっかりつかまってな」 「よし、いけー」 マリーの掛け声とともに、ハツミ号は港へ向けて加速した。 見慣れた牧場の景色が、矢のように流れる。 荷台にさっそうと立つマリーの姿に、牧場から投げられる声援。 猛烈な向かい風に、すぐに涙はふっとんだ。 マリーを乗せたハツミ号が港の坂道にすべりこむと、あたりはどよめいた。 オッチャンが指さす先に、出航したばかりの船が見える。まだ間に合う。 「よーし、マリー、おまえの気持ちを見せてやれ」 ハツミの言葉にはじかれたように荷台から飛び降りたマリーは、 しぜんと心に花を思い浮かべていた。 言葉にならない思いは、ようやく開放されたかのように、海上に虹を描く。 港からどっと歓声があがった。 思い切り両手をひろげても届かないくらい、大きな大きな虹。 それは、今までなかったククルヌパナの新たな力だ。 「マリー」 甲板から母は初めて名を呼んだ。何度も呼んで、手をふった。 「また来てねー」 精一杯叫ぶと、マリーは思いきり手をふった。 駆け寄ったオッチャンに肩車され、港は踊る。 飛んだり跳ねたりするハツミの横で、マリーはいつまでも手をふっていた。
数日後、島はまた新たな客を迎えることだろう。 いつものように港で出迎えたハツミは、「この島どうです?」ときかれ、 おそらくこうこたえる。 「いいとこですよ、なんにもなくて」 いかした軽トラックは、これでもかと照りつける日差しを受け、 牧場のまんなかの道をはしりだす。 青年団が立てた看板の文字は「牛さんは一歩一歩、僕たちはこつこつ」。 軽トラもまたしかり。もうすぐ煙草をくわえたキヌエねーねーの自転車とすれ違うはずだ。 牧場では、今日もショウちゃんが牛の世話に汗をかき、 牛舎のかげで青年団長シゲさんが三線をつまびいていたりする。 保育所では、双子の海太と風太が元気にはしりまわり、 婦人会長のヨッちゃんがまた新しい絵本を描く。 青い海にはカワハギ艦長の雄姿。 再び海人見習いとなった義弘君は、艦長のきびしい指導に立ち向かう。 縁あってトキおばぁに出会った人は意味ありげな予言に驚かされ、 運悪く徳三おじいにつかまった人は長い長い昔話をきかされることだろう。 ここはハート島。世界のどこにでもあるような、ちいさな島だ。 あいかわらずの面々と、ずっと変わらないゆったりとした時間。 特別なことなんて何ひとつ起こらない。 それでもここを訪れた人はみな、何かしら元気になって、 例えば、都会の雑踏で、子育ての戦場で、 再び飛び込んだ芸能界で、緊張して立つ新たな教壇で、 負けてたまるかと思いをあらたにしたりする。 次のお客は、もしかしたらあなたかもしれない。 島はずれにある古いお家。庭の花をのぞむ少女の部屋には、 海になったおじいの写真と一緒に、一通の手紙がおいてある。 初めて母からもらった手紙は、少女の宝物となった。 まずは文通からはじまる親子というのも、あながち悪くないと少女は思う。 すこしづつ、すこしづつ、育てていければそれでいい。 浜では、いつものように髭面の人間にばけた海の妖精が、 島酒を片手に「人間なんてやっかいなもんだな」などと、うそぶいていたりする。 そこは、世界のどこにでもあるような、ちいさな食堂。 ふりそそぐ太陽と、潮風だけが自慢の店だ。 厨房の奥では、いつものようにさえない男が、下手な冗談など言いながら汗だくで鍋をふる。 風鈴が揺れる客席では、いつものように少女が注文をとり、冷たい麦茶をついでまわる。 なにしろ暑い店だから、お客はこぞって彼女を呼ぶ。 「おーい、マリー」 「はーい、ただいま」 心の花を咲かせましょう。 ハート島熱風食堂 了
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ハート島人物録
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