ハート島熱風食堂
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黒島旅記

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黒島ビシビシ

紀行文「黒島ビシビシ」は、八重山の島々をたずねあるくシリーズ「島を行く」の第三巻。 2003年の旅の記録で、熱風食堂の元ネタもちらほら。かなり長いですがよろしければどうぞ。



黒島ビシビシ

日本の南のハート島、珊瑚と牛と人でもつ。
自転車でいつもの浜へ、船でまだ見ぬ海へ。
懐かしい顔が揃えば、島は今年も夏になる。

力の限り海となれ!体育会系海酒日記



 ホームビーチ・わかれ道・願い笹・偶然・海ヘビの産卵
1

島に近づくと、海の色が変わる。
底から光を放つ珊瑚の海だ。
島は長い梅雨を抜け、太陽の季節に突入している。
ここは僕のホームビーチ、力の限り泳ぐ島だ。

黒島は、八重山諸島で三番目に南に位置する、平坦な島である。
周囲12.6キロ、人口220人。周囲は見事な珊瑚礁におおわれ、浜はどこでも美しい。 最近では「ハート島」の愛称で呼ばれることもすくなくない。 ハートの形の島なのだ。
港で宿の送迎車をさがすと、さっきまで男衆に混じって荷おろしをしていたサングラスのねーちゃんが、 「いらっしゃい」とハンドルを握った。どうやら今年のヘルパーさんらしい。
「黒島、はじめてですか?」
「のようなものです」
とりあえずそうこたえると、彼女はからりと笑って、
「いいとこですよ、明るくて」
と、無造作に車を出した。

僕たちは宿に着くと、休むまもなく自転車で出発した。
日が高いうちに、できるだけ島内をまわっておきたい。
今回は、例によって僕の友人である「最南端の電網絵師」ソルボーが、撮影機材をかかえて同行している。 思いあって故郷の那覇ではなく八重山に移住した彼が、ここでどんな写真を撮るのかも、今回の楽しみのひとつだ。
まずは、仲本海岸。
ここはシュノーケリングのメッカで、僕が初めて珊瑚に触れた場所だ。 青い海は満ちつつあり、島をとりまくリーフに白波が立っている。沖にはパナリ(新城島)の島影も見える。
「すごい、思った以上にひろい海です」
ソルボーは堤防の上に三脚を立て、最初のファインダーをのぞきこんだ。 その後ろから僕が撮る。これがなかなかかっこいい。
「でも、どうしてこの島に来るようになったんすか?」
「なんでかね?」
あらたまってきかれると、うまいこたえが見つからない僕であった。

島の中心へ向かう一本道で、ソルボーはまた何枚か撮った。
右も左も広大な緑、ガジュマルの木陰で昼寝する牛の姿も見える。 一般的な南の島のイメージとはやや異なるかもしれないが、実際、島のほとんどが牧場だ。
かつて「石の島」といわれた硬い土壌を砕いて、ここは「牛の島」となった。 それが島の元気のゆえんだ。今では人の十倍以上の数の牛がいて、ここから全国の名だたる産地へと運ばれてゆく。
比江地の角で、三線の音が聞こえてきた。それをバックにビデオ映像を撮って、僕らは東筋に入った。 この辺りは古い集落で、赤瓦屋根のお家がならび、珊瑚の石垣にハイビスカスが揺れる。 素朴な白砂だった道は何年か前に舗装されたが、今でもどこか懐かしいたたずまいをのこしている。
「沖縄です、沖縄」
ソルボーはこの景色に故郷を重ね、大切に一枚撮った。

さらに先へ。森の中のガタゴト道を走るといい雰囲気の分かれ道があり、 それをまっすぐ行けば、拝所を抱く海に出る。ちょうどハートの右のふくらみの部分、阿名泊だ。
「アナドマリって、事故の現場ですよね?」
この海は珊瑚が美しい最高の穴場だが、いつ行っても人がいないのが難点だ。 僕はここの沖でカツオノエボシにやられた苦い経験がある。
海の中には危険な生物がわんさかいるが、そもそも人間に危害を加えるために毒を持っているわけではないので、 むやむに近づかなければまず被害に遭うことはない。しかし、カツオノエボシは別だ。 やつらは浮き袋みたいな体から長い毒の触手を垂らすクラゲだが、水中からはいたって見つけにくい。 青紫の触手に気づいたときにはすでに遅く、腕に首にからまって、体が半分麻痺してしまった。
「あのときは、もうあかんと真剣に思った」
「なんだか映画のロケ地にきてるみたいです」
ソルボーは無責任に笑い、それなりに楽しんでいるようであった。

自転車撮影隊は、島で唯一の商店で缶ビールを買って、次のロケ地へ向かった。
海人の集落・伊古の防砂林の先、ハートのへこみの部分に、なごみの浜がある。 ここは昔の港で、青い海に古い桟橋が伸びる。 コーラルセメントの土台は何年か前の台風でふっとばされているが、それでもなんとか先端まで行くことができた。
「予想以上!やっぱり来ないとダメす」
玉の汗をふきふきカメラを360度まわす。風さえなく実に暑いが、 容赦なくふりそそぐ日差しが、絶景をさらに信じがたいものにしている。
「こういうとろこが観光本に載ってないのは変ですね?」
「うーん、載ってるのもおもろないような気もするけど・・・」
「なるほど、勉強になります」
彼は近々、八重山の島々を紹介するホームページをつくる。 この写真はその片隅に、名もない浜として掲載されるだろう。
結局、自転車撮影隊は、汗だくになって島を一周した。
港から保里の浜へ出て、海ガメの産卵地である西の浜、 海上にノッチ(キノコ状の岩)が突き出た名前のわからない浜、 豊年祭の舞台となる宮里海岸と渡り歩き、同じような海の写真をいくつも撮った。
力の限り泳ぐはずが、帰るとへとへとになっていた。

シャワーを浴びると、ソルボーは夕日を撮るといって再び仲本海岸へ出かけていった。
僕はあたりを散歩して、ガジュマルの席に腰をおろした。
宿の庭先には、ほこらにまもられた古い井戸があって、それを包み込むようにして大きなガジュマルの木が生えている。 ずいぶん傾いた古樹で、台風で倒れたりしないようにいくらか枝を落としてあるが、 それでも生き生きとしげり、涼しい木陰をこしらえる。 この下に、縁台に似た手作りの席がおいてある。 昼間はここでぼんやり空を眺め、夜はここで酒を飲む。この宿の象徴するような場所である。
「ずいぶんひさしぶりだね」
宿の大将が厨房から顔を出して笑う。もとは料理人だったこの人が、今は宿を切り盛りしている。 例えるなら晴れた空のような人で、大将に会うために島にやってくる客も少なくない。
僕が来なかった間に、島はすこし変わった。道が整備され、新しい宿もできた。 大将の長男は五歳になり、娘は三歳になった。三人目の男の子も生まれていて、 おかみさんはその子を連れて大阪の実家に帰省中とのことだった。
「ま、なんとかやってるさ」
階段の手すりに七夕の願い笹がかけてある。 よく見ると長男の短冊に、
「おとうさんとおかあさんがのんびりできますように」
と書いてあった。

夕食はにぎやかだった。満員の食堂には、大将が二時間かけた力作がならぶ。
僕らのテーブルは一人旅客の席だった。 その中に、偶然にもソルボーが最近まで在籍した会社の先輩がいて(以下「センパイ」と記す)、 早くも意気投合。顔を合わすのは初めてだが、れっきとしたセンパイ。世間は意外に狭いものだ。
向かいでは、僕と同じような年格好の先客が、この島についてあれこれ解説をはじめている。 彼はその後も新しい客をつかまえては島ガイドを繰りひろげ、いつしか「ハカセ」と呼ばれるようになる。
「泡盛は大丈夫?ここの夜は深いよ」
たいていの場合、夕食の後、誰からとなく島酒を持ち出し、庭先のガジュマル下に設けられた席で飲む。 やがて島の人もやってきて、月明かりの下、その夜しかない野外宴会になるのが常だ。 ここは力の限り飲む島でもあるのだ。
ところが、夕食が終わると、雲の子を散らしたようにみんな部屋に戻ってしまった。 ガジュマルの席に出てみたが、誰も訪れる気配はない。
「おかしいな・・・」
男四人で乾杯となった。つまみのひとつもない、わびしい宴だ。 夜になるとガジュマルの木にやってくるオオコオモリだけが、バサバサとやけに元気に夜空をゆく。
後でわかったことだが、実は前の晩がかなり盛大な酒盛りだったらしく、この日はこぞって休肝日であった。 おまけに、翌日に大事な牛の競り市を控えていたから、飲んでいる場合ではなかったのだ。

こむずかしい経済の話になり、僕はなんとなく席を立った。 月に誘われるまま仲本海岸に行くと、浜はしずまりかえっていた。
はるか南に波照間灯台の灯が見える。 干潮の海はくまなく月に照らされ、幻想的な鏡として座している。 砂浜に大の字になると、かすかに竜宮の音。 ともすると吸い込まれそうで、こわくて、そのくせ心地よい。
やがて、西の浜の方から懐中電灯の光が近づいてきた。 珊瑚の岩場を越えてきたそれは、続々と増え、十人をこえるあやしい一団となった。 パトロールか何かだろうか。
「にいさん、こっちは東か?」
海は南西の方角だとこたえると、彼らはいくぶん混乱して苦笑した。 きくと島の人ではなく、石垣から船で貝をとりにきたらしい。全員、長靴武装。 ねらうはビー玉ほどのつぶ貝で、獲れ高によって「明日の飲み代が掛かっている」という。
「だけど、ぜんぜんダメさ、さっきから海ヘビばかりだよ」
不思議に思ってついてゆくと、どうやってよじのぼったのか、波打ち際からかなり離れた岩に、何匹もいた。 たしかに海の中で見かける白黒シマのやつで、ハブの数十倍の毒を持つクセモノだ。
「海ヘビって、夜は陸にあがってくるんでしょうか?」
「いや、今だけさ、産卵であがってくるんじゃないかな?ほら、もうすぐ満月だからよ」
珊瑚も海ガメも、七月の満月の晩に産卵するという。 理由はよくわからないが、はるか昔から連綿と繰り返されてきた儀式だ。 海ヘビもまた、そういう神秘のサイクルの中にいるのだ。
「こういう夜はやばいよ、ねーねーを口説いたらイチコロさ」
隊長格のおっさんが、にかにかと笑って言った。

帰ると宿はすっかり寝しずまっていた。
仕方なく僕は二階の物干し場で、月を見ながら残りの泡盛を飲んだ。
なんだか拍子抜けな初日だったが、明日は天気になるだろう。
旅は、まだはじまったばかりなのだ。








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