黒島旅記
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海予報・セリ・灯台上空異常なし・ワタンジ・現実逃避
風がいい。
起きると快晴。宿のニッパヤシが青い空に揺れている。
すでにソルボーの姿はない。朝の海でも撮りに行ったようだ。
あわてて後を追ったが、仲本海岸にはいなかった。 海は満潮。パナリをのぞむ南西の方から、ものすごい風が吹きつけている。
「海はどうだ?」
ジャズメン風のいかしたおっさんがやってきて僕にきいた。
正直に「よくわかりません」とこたえると、
「すこし波があるな?今日はやめとくか」
彼は身をひるがえし、自転車で行ってしまった。
波がある。それでも、胸は高まる。今日から念願の大潮だ。
朝食を終えると、ハカセは競りを見に出かけていった。
今日は牛の競り市。港近くの競り場には、島外からの仲買人が揃い、一頭ごとに値を決めてゆく。 いつもは冗談ばかりの島のにーにー達も、この日ばかりは「真剣な表情でカッコイイ」という。
僕はすぐにでも海に行きたかったのだが、「撮り残しがあってはいけません」とソルボーが言うので、 再び機材をかかえて自転車で出発した。
小学校の脇に、牛のウンコみたいな形のへんてこな展望台ができていた。 上ると平坦な島が一望できる。僕たちは灯台の位置を確認し、一路、南をめざした。
灯台への道は遠い。ハートの先端に向け、牧場の中をひたすら走る。 途中、トラックで競り場へ運ばれていく仔牛を何度も見かけた。 逃げた牛をあわてて追う場面にも出くわした。
ソルボーは、僕らが「一本ガジュマル」と呼んでいる岩の上に根付いた木がたいそう気に入ったらしく、 自転車を降りて何枚も撮った。今はだだっぴろい牧場の敷地内にぽつんとあるこの木も、 かつてはお家をまもっていたのかもしれないと、ふと思った。
この島はこんなに広かったのかとぼやきはじめた頃、ようやく潮騒が聞こえた。
アダンの林を抜けると、海がひらける。岩づたいにしばらく歩けば、灯台に出る。
岩場に三脚を立て、ひたすら水平線を撮る。 ひとたびリーフを出れば、この南に島はない。あるのはただ、海と風ばかりだ。
「そうだ、風ですよ、風」
ソルボーは思い出したように手をたたき、得意のカイトを取り出した。
この凧と一緒に自動撮影カメラを空にあげ、上空から島を撮る。風まかせの秘密兵器だ。 すでにいくつかの島で試験飛行を試み、仕掛けも改良を重ねてきたが、 カメラの重量を持ち上げるにはよほど力が必要らしく、いまだ芳しい成果はあがっていない。しかし、今日はこの強風だ。
「いち、にぃ、さんっ!」
果たして凧は空に舞い上がった。カメラは僕の手をはなれ、ゆっくりと浮上した。
「その調子、その調子」
小躍りしながら糸を送る。いったん風に乗ってしまえばこっちのもので、あとはぐんぐん空へと吸い込まれてゆく。 初の三十メートル級フライトだ。
「やった、地球の恵みです」
カメラは灯台の上に廻り込み、海辺の点となった僕らをとらえた。
興奮して宿に帰ると、新しい客が着いていた。 ポパイに出てくるオリーブのようなひょろっとした人で、話すといちいち語尾がのびる。
「ねえ、今日って何曜日だっけー?」
旅をしているとこういうことがよくある。ゆったりとした島の時間がそうさせるのだろう。 この稿では、島に魅せられ年に何度も八重山に通う彼女を「タマさん」と呼ぶ。
「ま、何曜日でもいいんだけどねー」
タマさんは笑って宿帳に「月曜」と書き込んだが、後で考えてみると、その日は日曜であった。
食堂では、テレビの高校野球にみんなが見入っている。
「もし勝ったら、僕はひと月酒をやめてもいいよ」
島は本気の盛り上がりだ。 波乱の展開となった今年の沖縄県大会、シード校が次々と姿を消す中、八強に八重山勢二校が勝ち進んだ。 今日は準々決勝、地元期待の八重高がソルボーの母校と激突する。
僕とソルボーはそもそも野球仲間で、高校野球には特別な思い入れがある。 那覇の奥武山球場で応援する仲間も、今朝から何度も電話をくれている。しかし、
「今の海は今しかない!」
僕たちは誘惑を振りきって出かけた。球児の健闘に負けぬよう、力の限り泳ぐのだ。
ホームビーチは晴天。見事に潮が千き、類まれなる海が姿をあらわした。
「うひゃぁ、何と言ったらいいのか・・・」
干上がった沖のリーフ(礁原)に向けて、渡り路が伸びる。島ではこれを、ワタンジと呼ぶ。 これほどくっきりとワタンジが出る地形は、おそらく日本でここだけだ。
僕たちは一本目のワタンジを歩いて、リーフまで出た。 この辺りは小ぶりな珊瑚が無数に育ちつつある。 それらが群落ごと干上がり、水面すれすれのところで色とりどりに光っている。 歩いて見るポイントとしては、まさしく最高の場所だ。
「いろんな海があるもんですね」
ソルボーは器用に腰をかがめて、ひとつひとつ珊瑚を撮りはじめた。 海はまだ三度目だが、すっかりはまってしまい、フィンやマスクとともに、一眼レフ用のハウジングまで揃えた。 こいつが思いのほか威力を発揮し、前回もプロ顔負けの秀作を残している。
僕はリーフの外へ向かう。たしかに波はあるが、なんとか沖に出ることができた。
そこは魚影が踊る青い世界。巨大な岩が底へ落ち込むダイナミックな海だ。 潜っても潜っても届かない先へ、何度もダイブを試みる。 息たえだえに水面に浮上する瞬間が、酔うほどにいいのだ。
「やばいっす、やばいっす」
気がつくと、ソルボーが立ち泳ぎで僕を呼んでいた。
「やばいっす、バケモノみたいなのが今そっちに」
見ると、青い彼方からイカの大群がやってきて、ぴろぴろと追い越していった。
文字通り力の限り泳いだ僕たちは、夕方になって海からあがった。
最終の船で、ソルボーは石垣島に帰る。明日からまた島のホームページをつくる日常が待っている。 ソルボーはあわただしく身支度をして、
「この島は、やたら体力がいりますね?」
と、真っ黒な顔で笑った。
送迎車には、センパイも乗り込んだ。
「これからなのに、もう帰っちゃうの?」
昨日いきなり泳いで肌が真っ赤に腫れたセンパイは、今日はずっとガジュマルの下で三国志を読んでいたという。 この人は物腰がやさしく、どこか「秀才のヤギ」といった雰囲気がある。
「残念だな、これからなのにな・・・」
宿は行く人、来る人。この車はソルボーを見送った後、出迎えの車となって、 島の夏には欠かせない名物オバァと、七名の団体客を宿へと運ぶ。
「毎日新しい人が来る、楽しいじゃないですか」
僕はかつてここで「現実逃避クラブ」なる七人組と出会い、愉快な夏を過ごしたことがある。 果たしてあのときのように今夜は盛大な酒盛りになるのだろうか。
船は少し遅れて、ゆっくりとやってきた。
舳先には件の名物オバアが、でかいポリバケツを抱えて立っている。 ひょっとしたら、毎年いただく漬物はこれで漬けるのだろうか。
「あら、こんにちは」
この人はもう十何年もの間、夏場の二ケ月をこの島で過ごしている「島の主」だ。知らなければモグリなのである。
「ところで、あんた、誰だった?」
ずっこけながらソルボーは船に乗った。(実は僕がモグリなのかもしれない)
「じゃ、あんまり飲みすぎないように」
夕日に照らされ船は出た。島で最初の別れ。僕は甲板のソルボーにわかるように、大きく手を振った。
「さ、そろそろウチへ帰りますよ」
促されて見ると、送迎車の中は妙に盛り上がっていた。
「ほら、やっぱりホンモノだ」
驚いた。今日の七人組は、まぎれもなく現実逃避クラブの七人だったのだ。
現実逃避クラブの面々は、宿に着くなり、仲本海岸へ飛び出していった。 どうもこの宿の客はまず海へ行く癖があるようだ。
風の玄関では、子供たちが件の願い笹で壮大なチャンバラに興じている。 その脇で身をかがめるようにして、センパイが三国志のつづきを読みふける。 僕はビールを片手にガジュマルの席についた。
「なんでかねぇ・・・」
テレビ観戦組はがっくり肩を落としていた。 本日の準々決勝、祈りは届かず、八重山勢は二校とも惜敗した。
一方、牛の競り市は概ね順調で、最高値の記録まで更新したという。
「今日は三時から飲んでるから、島じゅうもう大変さ」
やがて、ハカセが真っ赤になって海から帰ってきた。 この人は、誰もがこれでもかと日焼け止めを塗ってのぞむ灼熱の浜の入り口で、 ひとりすっ裸で寝っころがって、ひたすら肌を焼いていたのだ。
「発見したよ、あの売店が出来たおかげで、仲本にギャルの日帰り客が増えたんだ」
思い思いの夏の日が終わった。
厨房からは今日もいいにおいがしている。
その夜の宴は、予想通り盛大なものになった。
ガジュマルの席には、どーんと八重泉の一升瓶。 夜も体力勝負、力の限り飲まねばならない。
「黒島の夜に、カンパーイ」
次々と新しい客が加わって、すでにいい調子の人たちと、また乾杯。 これだけみんなが酔っ払っていると、さすがのハカセもとりつくしまがない。 バサバサと夜空をゆくオオコオモリも、今宵は誰の目にもとまらない。
現実逃避クラブ一の若手君は、パシリ役に徹し、何度も氷と水の補給に走る。 その姿にリーダー格のマツイさん(ヤンキースの松井選手にそっくり)が活を入れる。これもまた懐かしい光景で、 みんな当時のままだ。変わっていることといえば、当時は恋人同士だったメンバー二人が、晴れて夫婦になっていたことぐらいだ。
彼らはもともと同じ会社のある支店の同僚だった。 今は東京、横浜、川崎、千葉、仙台、大分と全国に散らばってしまい、年に一度集まって、はるばるこの島にやってくる。 「なぜか毎年ここ」なのだそうだ。
やがて闇の彼方から、千鳥足のおっさんがやってきて、我らの席に座った。 すでにかなり出来上がっている。
「おじさん、誰?」
笑い上戸なタマさんの問いかけに「はて、僕は誰だったかな?」とおどけてみせたが、 実は宿のオーナーであった。 この宿は、今でこそ大将がやっているが、かつてはこの人自身が切り盛りしていた。 新潟から嫁いできた奥さんの人柄も太陽のように人を集め、とてもいい宿だったときいている。
「今宵は、あなたに、僕の唄を披露しましょうね」
この人は芸達者で、古い文書を調べて自ら復興したアンガマ踊りは天下一品だし、 息子に負けじと始めた三線もかなりの域だ。ところが、今日は競り市直後から飲んでいるせいか、 なかなか手元がさだまらず、ついには三線をかかえたまま眠ってしまった。
「わけわかんないよー」
酔っ払い達は大笑いして、座はもとのにぎやかな酒宴に戻った。
その中で、僕の隣にいた東京のおねえさんが、ぽつりと言った。
「私、二十年ぶりに来たんです」
この宿の青春時代。今は建物さえ当時とは変わっている。
「ええ、あのときのそばの味が忘れられなくて」
彼女は遠くを見て笑った。
おそらくオーナーはこの人に唄をきかせるために来たに違いない。
ここは、そういう場所なのだ。
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