ハート島熱風食堂
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黒島旅記

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黒島ビシビシ


 送迎者・ウラビシビシ・海の男・キラザ・花火まろうど
4

夜明けとともに目覚めると、腰が痛かった。
物干し場のコンクリの上。見下ろせば、ガジュマルの席に何人か転がって寝ている。
やってしまった。
ひとまず顔を洗って、海に向かう。 もしかしたら昨夜の痕跡が何か残されているかもしれないと思ったのだが、 産卵の手がかりさえ見つからず、結局、浜でまた寝ころがることになった。
「おはよーございまーす」
誰かと思ったら、昨日海で出会った二人だった。
「すごい、また会いましたね?」
実は彼女らも宿泊者だったのだ。しかも「明日も、明後日も、明々後日も」島にとどまるという。 マリンブーツを確保し、シュノーケリングの手ほどきも受けた。海の子になる準備は万全だ。 ただ、一人は僕のTシャツで日焼けをまぬがれたが、もう一人はキャミソールで泳いでしまったため、 寝返りさえ打てない状態で、一睡もできなかったという。どうりで朝早いわけだ。
「ちょっとやばいかもしれません」
笑って肩をすくめる。実にかわいらしい。
やがて、海がざわめきはじめた。リーフを越えて、どんどん水が入ってくる。満ち潮のドラマのはじまりだ。
「海ってすごーい」
本日大潮、またも晴天である。

朝食後、仲本海岸で待っていると、案の定、Tさんが自転車でやってきた。
「海はどうだ?」
「波、高いっす」
「ほんとだな、しかしパタリとやむこともある、そしたら覚悟しときな」
「覚悟?」
「覚悟だよ覚悟、おまえさんはきっと目まわすぞ」
Tさんはニヤリと笑って行ってしまった。この朝の会話は、なんだかゲームみたいだ。

宿に戻ると、ハカセがすでに発っていた。あれだけインパクトのある人なのに、妙にあっけない別れであった。
今日島を出るのは、他に三人。 みちのく夫婦は石垣から東京を経由して仙台に帰り、会社を辞めてやってきたジュンコさんは再び鳩間に渡るという。
いつもの送迎車にセンパイとタマさんと僕が乗り込み、港で恒例の見送りとなる。
ところが、送迎の人手がなく、異例のセルフ送迎となった。
「みなさーん、黒島を満喫しましたか?」
「はーい」
「それでは、出発しまーす」
添乗が本職のコーラおじさんがハンドルを握り、大笑いの車は港へ。 コーラの自動販売機を求めて、朝な夕なに通いつめた道である。
「こうなったら一世一代の見送りをしますよ」
「ちゃんと飛び込んでくれるんでしょうね?」
記念写真を撮って、三名乗船。こういう別れもいいかもしれない。
「コーラを飲んだら思い出してくださいよ」
かたい握手とともに船が出る。お疲れさま、コーラおじさん。ありがとう、行動派奥さん。 はじめまして、さようなら、ジュンコさん。
ところが、彼女はにっこり笑って、僕の手を離そうとしない。
「おい、冗談やろ?」
「ホンキ、ホンキ」
水没寸前でぶざまにしりもちをついて、僕はなんとか桟橋の上にとどまった。 大笑いで手を振る船内。それが青い彼方に消えると、妙なおかしさが残った。
「さて、帰りますか」
「ようこそ黒島へ、お客さん、初めてですか?」
車は再び走る。僕たちには、また海が待っているのだ。

のん気に昼飯を食っている間に、現実逃避クラブの連中はトラックで阿名泊に出かけてしまった。 一歩遅かった。午後から海復帰を決めたセンパイも、拍子抜けの様子だ。
自転車で後を追うか、それともまた仲本でリーフ外に挑むか。 ガジュマルの席で思案していると、Tさんが自転車でやってきた。りりしい海姿だ。
「おい、早く用意しろ」
「は?」
「船だよ船、おまえさんらも乗れるかもしれないだろ?」
風がおさまったので、漁に出るという。タコ獲りポイント周辺は「目がまわる」ほどの珊瑚。 ダイビング船では行くことができない、秘密の穴場だ。
あわててたのみこんで、僕ら三人も乗せてもらえることになった。 小躍りしながら支度する。「あたしたちにも運が向いてきた」と、タマさんも上機嫌だ。
「おまえら、ホントに泳ぎは大丈夫なんだろうな・・・」
軽トラの荷台に立って港に行くと、センチョーの船がスタンバイしていた。
「よろしくお願いしまーす」
「誰かな?僕はあんたたちなんか知らないよ」
そう言いながらセンチョーは、笑顔で迎え入れてくれた。 海人(うみんちゅ)であるセンチョーがひとりで漁に出るときの船で、 仕掛けとかイーグン(モリ)とかが積んである。まさしく漁船である。
「すげー、すげー」
船はゆったりと港を出た。もう一艇、海の男・Nさんの船には、Tさんとどこかの宿のヘルパーさんが乗っている。 いずれも、思った以上に目線が低く、カヤックで水面をすべるような感覚だ。
八重山では、干潮時に姿を現す浜の島を「幻の島」などといっているが、 実際、そういうのは無数にあって、時に定期船からも見ることができる。 いま現実逃避クラブの連中がいる阿名泊の沖にも、島の人が「ウラビシ」と呼ぶ干瀬が連なる。 僕らがめざすのは、そのまた奥。大潮のときだけ姿を現すという干瀬だ。
「ってことは、ウラウラビシってことかな?」
「それをいうなら、ウラビシビシじゃなーい?」
「は?」
「あれ?あたし、何か変なこと言った?」
そうこうしているうちに船は珊瑚の根をぬうように干瀬の懐に入り込み、静かな浅瀬に停まった。 目の前には、たしかに平らな陸が出現している。
「僕はひと仕事してくるから、あんたらは好きにしてたらいいさ」
センチョーはイーグンを手に行ってしまった。どうしたものか戸惑っていると、 Nさんの船が追いついて、僕らに言った。
「何してる?遊ぶのがおまえらの仕事だろ?」
ひとまず船の横からざぶんといくと、無数の影がはじけた。
「どう?魚いる?」
すごい、すごい。
そこは、キラキラ輝くエダ珊瑚の大群落。 青いタイが千万の単位でひしめく、絵に描いたような楽園ではないか。
その頃、Tさんは船上で頭をかかえながら、こんなつぶやきをもらしたという。
「あのバカ、シュノーケルくわえて叫んでやがる・・・」

しばらく夢中で泳ぐと、干瀬の彼方に、センチョーの姿が見えた。
後を追おうと上陸を試みたが、これまた見かけより難しい。 なにしろ足元は珊瑚のなれの果てだから相当もろく、油断すると足がズボズボ入ってしまうのだ。
「せっかくここまできたんだからねー」
タマさんも悪戦苦闘していた。この人は度胸があるのか無法者なのか、 生きた珊瑚をバリバリ踏みしだいて進んでいったが、結局、脚を血だらけにして断念した。 僕らは何とか泳ぐことはできても、珊瑚の海を自由に歩くという意味では、まるで素人だったのだ。
再び海に目をやると、Tさんが波間で手招きしていた。 そこまで行くと、海中は趣を変えた。流れがはやい場所なのか、 見事なテーブルサンゴをびっしりはりつけた岩が、いくつもそびえている。 そこそこ深い底へ向けて、Tさんとヘルパーさんは強烈なダイブを繰り返している。
「こんなことなら体力残しとくんだった」
そう言いながら、センパイも負けじと潜る。僕も残された力をふり絞って、何度か底におりてみた。
魚というのは不思議だ。上から来るものには警戒心が強く、ささっと逃げてしまうのだが、 ひとたび海中にとどまると、まるで何事もなかったみたいに、僕の周りでたわむれはじめる。 これも生きてゆく上で必要な習性なのかもしれない。
やがて、Nさんが悠然と追い越していった。この人は水中でも軽く口笛を吹いているような印象があるが、 腰にさげた網には、三十センチほどのギーラ(シャコ貝)がおさまっている。 素潜りで獲ったのだろうか。
すごいすごいとついてゆくと、また何かを発見したのか、急に矢のように潜っていった。 その動作の早いこと。何度かガジュマルの宴でご一緒しているので、海の男だとは知っていたが、 目の当たりにするのは初めてだ。人が潜る姿はこんなに美しいものかと、正直いって驚いた。
「こういうのを、格が違う、っていうのかね」
「うーん、同じ人間なのにな・・・」
彼は二度目のダイブで獲物をあげた。見たこともないほどばかでかいギーラだった。

ちょうどその頃、ハート島では、元気なヘルパーの彼女が、秘密の畑へ走っていた。
畑の主が何日か島を離れるときは、こうして彼女が水をやりにくる。
最初は単なるバイトだったが、いつしか情がうつってしまった。 今では畑に行くのが楽しみで、物言わぬシークワサーの木にあれこれ話しかけたりする。 誰かに見られたら、きっと「頭がおかしいんじゃないかって思われる」と笑う。
水は決してやりすぎてはいけない。特に日差しがきつい日は、 根元にたまった水がたちまち煮立って、かえって木が枯れてしまう。 この加減がむずかしい。そういうことも、ここではじめて知った。
島に育つ木は、他の木とは違う。やせた珊瑚の土地に、容赦なく太陽が照りつける。 こんな環境でよく植物が育つものだと、つくづく驚くらしい。
想像してほしい。炎天下、自転車をこいできた彼女は、汗をふきふき畑に入り、 片隅にあるホースをとって、高々と空に向ける。 そして、勢いよく蛇口をひねり、こう叫ぶのだ。
「負けるなー!」

舞台はふたたび、ウラビシビシ洋上。
くたくたになって船に戻ると、センチョーが苦笑いしていた。
「だめだ、収獲ゼロ」
せめて晩のおかずぐらいは獲らねばならないと、僕らの船だけ伊古の沖に寄ることになった。 センチョーはイーグンで魚をねらい、僕らは浅い海でキラザなる獲物をさがす。
「ほれ、見本」
センチョーが海から拾って投げてくれたそれは、こぶりな三角の貝。イモガイの一種のようだ。 とても食えそうには見えないが、八重山の貝の中では最も美味だという。
「ひとり十個、このへんにいっぱいいるよ」
これぐらいなら僕でも何とかなりそうだ。そう思って海をのぞいてみたが、意外と見つからない。 考えてみれば、相手も食われまいと環境にとけこんでいるから、これはれっきとしたバトルなのだ。
小一時間がんばったが、疲れて集中力が落ちている上、目の前を通り過ぎるシラスみたいな群れやフグに気をとられてしまい、 結局、僕は三個しか獲ることができなかった。
「たったこれだけ?」
センチョーは大笑いしたが、幸いセンパイがしこたま獲ることに成功し、僕らは何とか帰途につくことができた。
自然が相手だから、ダメな日もある。それでも、
「海の上は最高」
僕たちにとっては、収獲の多い一日であった。

宿に戻ると、おかみさん(といっても僕より年下だが)が大阪から帰っていた。
「ほんと、お久しぶり」
おかみさんは太陽だ。この人がいると宿がはなやぐ。 僕はお二人が結婚した頃にここの客となったので、なおさらそう思う。
「ほんと、真っ黒ね」
「けっこうがんばってますから」
ガジュマルの席では、Nさんが獲ってきたギーラをさばいている。 今日来た若い女性客三人が興味深々で見守っているため、いくぶん緊張ぎみだ。
「獲るのは自信あるんだけど、僕がさばくとなんでかうまそうにできないんだよね・・・」
そう言いながらも、器用に刺身をこしらえ貝殻に盛ってゆく。これを酢醤油でいただく。 シャコ貝はややくせがあって好き嫌いがあるときいていたが、コリコリしてめちゃくちゃうまい。
さらに、でかいのをさばくと、中から白子のようなものが出てきた。 「こりゃギーラのトーフじゃないか」とTさんが言う。 見かけは気持ち悪いが、食うと、絶妙に美味である。
「あのう、私たちも食べていいんでしょうか?」
「どうぞどうぞ」
「馬鹿野郎、おまえが獲ったわけじゃねえだろ?」
僕たちが悪戦苦闘して獲ってきたキラザも、生きたまま鍋で煮られている。 煮立つと赤貝のような綺麗な身が出てくるので、そいつを楊枝で突き刺して殻から引っ張り出す。 これまた、塩味がきいて、まことにうまい。
「でもよ、あんたは三つしか獲ってないから、それ以上は食っちゃだめだよ」
「どうやら、おまえさん、貝も満足に獲れないダメな男だってずっといわれそうだな?」
かわいた笑いが起こったところへ、今日着いた夫婦客が海から戻ってきた。 どれどれダメ男とやらの顔を見てやろうと身を乗り出した奥さんが、僕の名を呼んだ。 これまた数年前にここで会った藤本夫婦ではないか。
「ここは、再会の島」
彼女らがつけている「島ノート」には、おそらくそう記されただろう。

今夜の宴は、花火で幕をあけた。
珊瑚の石垣の手前に宗教めいたロウソクが灯され、まずは手持ち花火。 宿の子供に混じって、タマさんも上機嫌。新しい客人もこぞって庭先に出ている。 忙しい大将もこのときばかりは手を休め、客と一緒になってはしゃぐ。
これも夏の恒例で、現実逃避クラブの面々が、毎年しこたま持ってくる。 今年は大量に仕入れたブツを羽田空港で没収されてしまったが、 石垣島に着いてから執念で買いなおし、島に乗り込んできたのだ。
「はいはい、パシリ、早くしろよ」
若手君はあわてて噴き出し式の箱を取り出し、砂の上にセットした。 額の汗をふきふき点火すれば、ほどなくシュワーっとくる。
「これ、横に『ドッキリ』って書いてあるぞ」
「なるほど『ドッキリ』って名前か」
そのわりにはしょぼい内容だったが、これもまた情緒だ。
「じゃ、次は『珊瑚礁』いきまーす」
「なんだかそのまんまだな・・・」
しかしこいつは盛大で、どこがどう珊瑚礁なのかは謎だが、立派に珊瑚礁だ。
やがて、キレンジャー役のエトーさんが、筒花火を手に持ち、夜空へと打ち上げた。
「ターマや〜っ」
「おい、誰か代わってくれ、マジで熱い」
「はいはい、ターマや〜っ」
その脇で、リーダー格のマツイさんが、水を張ったタライをせっせと運んでいる。
彼らは人を楽しませるためにやってくる、不思議なマレビトなのだ。

花火が終わった後、今日の海を共にしたビシビシ三人組で、再びカニの産卵に挑んだが、またも空振りであった。 がっくりして戻ると、花盛りのガジュマルの宴に、ひそかな異変が起きつつあった。
「はい、おかえりなさい」
隣り合わせたトモヨさんが、僕にグラスをくれた。 彼女は女優の原田知代に似て、現実逃避クラブの中では珍しく物静かで硝子細工のような人なのだが、 どうも様子がおかしい。
「はい、飲んで」
優しく言いつつ、一升瓶からごぼごぼついでくれる。 何かの冗談かと思いきや、彼女は氷の容器さえとりあげてしまった。
「ロック、ロック」
しかしこの場合、ロックというより、原液という表現がふさわしい。
「どないなってんの?」おそるおそる目で訴えると、 リーダー格のはずのマツイさんが「すまん、いってもうた」と弱々しく瞳で語る。 よく見れば、周囲はかなりへたっている。実はこういう猛者であったか。
「ん?なにか言ったかしら?」
「いえ、何も言ってません」
「そ、じゃぁ飲みましょー」
仕方なく乾杯。思い切ってぐいっといくと、ご丁寧にまたなみなみとついでくださる。 この状態で、果たしていつまでもつのやら。
「さ、ぐっと、ぐっとー」
黒島の夜は深い。満天の星空に、今宵もオオコオモリが飛んでいった。








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