ハート島熱風食堂
ABOUTSTORYOTHERLINKSHOME

黒島旅記

OTHER
黒島紀行
黒島旅記
黒島映像
黒島壁紙
投稿料理100


黒島ビシビシ


 ミンクロ船・パナリ・祭・それぞれの海・月の浜
5

朝起きると、案の定、芝生の上だった。
また、やってしまった。
ガジュマルの席では、やはり何人かがつっぷして眠っている。 朝日をあびたテーブルの上には、からの一升瓶がなんと五本も転がっている。
昨夜は強烈で、原液をがぶがぶ飲んだ。一時過ぎまでは覚えているのだが、それからの記憶はない。 それでも酒が残っていないのは、黒島の奇跡だといっていい。
いつものように仲本海岸に行くと、時間が早いのに、Tさんの自転車があった。
「昨日はちっとやりすぎたな?」
「同感です」
「今日はどうする?波もないし絶好だぞ」
「今日はパナリです」
「そうか、どんなだったか、話を楽しみにしてるぜ」
Tさんは背中越しに手を振り行ってしまった。
今日は、現実逃避クラブの連中とともに、この海の向こうの島をめざす。 僕にとっては初めての島、初めての海だ。

ところが、パナリを楽しみにしていた現実逃避クラブの仙台さんは見事撃沈、朝食にも顔を出さなかった。 昨夜大暴れしたトモヨ嬢は、もとの硝子細工に戻っていたが、なんとなく元気がない。
さらには、もうひとり欠けることが発覚した。若手君が仕事の都合で、ひとあし先に帰ってしまうというのだ。 たったひとりで送迎車に乗った若手君は、カメラを向けると小さく笑った。
「見送らないでください、しめっぽくなるんで」
きけば、昨日から寝言で「ちくちょー、帰りたくないよう」と繰り返していたという。
彼はこの数日間、自らパシリ役にいそしんだ。思えば、当時のパシリに戻って、懐かしい空気を楽しんでいたのかもしれない。
「また、来年にでも」
またも行間にドラマをはらんで、送迎車は宿を発った。

結局、パナリ行きは八名となった。
現実逃避クラブから、実質的な雑務部長を務めるスギさん夫婦、キレンジャー役のエトーさん、 四番センター・マツイ、ちょっと心配な硝子細工トモヨ。 そして、我々ビシビシ三人組、センパイとタマさんと僕である。
パナリとは、新城島(あらぐすく)のことである。上地島、下地島のふたつの島からなり、 文字通り離れているから「ぱなり」と呼ばれるのだろう。残念ながら定期船はないが、 奇跡の海はシューノーケリング客に人気で、石垣や小浜やここ黒島から日帰りツアーで行くことができる。
僕はかねてからパナリに行くならミンクロ船と決めていた。 ミンクロとは、ダイビングサービスを併設するはす向かいの宿で、かつておかみさんが働いていたところだ。 現実逃避クラブの面々ももとはここの客で、彼女の移籍とともに今の宿に移ってきた経緯がある。
かくして海姿の僕たちは、ミンクロからトラックの荷台に揺られ、港まで移動した。 噂のミンクロ船は、当然ながられっきとした白いダイビング船だった。
「なんだか緊張するな・・・」
僕らを海へ導くのは、平成の裕次郎とでもいうべき男前の兄ちゃんで、バッタのように足が長い。
「ところで、港の向こうは行ったことある?」
定期船で島に着くとき、いつもすごいと思っていたが、この中はまだ見たことがない。
「じゃあ、先にちょっと寄っていこう」
兄ちゃんは港を出てすぐの浮き球ブイを船にゆわえ、僕らに入るよううながした。 あらかじめ珊瑚のポイントにアンカーが打ってあるのだ。
スギさん妻が「エサはどうですか?」と質問した。特に餌付けしているわけではないそうが、 時として魚はくらいつくらしい。要はテンションなのだそうだ。
「今は満ちてるから珊瑚もそれなりにいい、たぶんすごい数の稚魚の群れがいるよ」
入ると、なかなかの場所だった。白砂に巨大なテーブル珊瑚群がつきでる感じだ。 Tさんは「まだまだ黒島にはすごい場所がたくさんある」と言っていたが、まさしくそうなのかもしれない。 水面近くには、昨日伊古で見たシラスみたいなのが無数にいた。
「いやいや、絶景ですな」
「いやいや、やられましたが」
スギさん夫はポケットに魚肉ソーセージをしのばせていったが、気づいたら小さなタイがたかっていて、 せっかくのエサをまるごと持っていかれてしまった。かわいげのない魚どもだ。
ひとまず満足で船にあがると、硝子細工がいよいよあやしくなっていた。
「平気平気、遠くを見てれば大丈夫さ」
ミンクロ兄ちゃんはたのもしく言ったが、おそらく原因は船酔いではないのだ。

パナリまでの海は、水鏡のようだった。
うれしがりの僕は、最も揺れの影響が大きい舳先に立っていたのだが、波を越えてもどんと落ちることはほとんどなかった。
ところが後ろでは、約一名、げーげー吐いている者もいた。 そして上地の港に着いたときも、桟橋に降りようとして、またげーげー。 もうイメージもへったくれもない。
「たぶん、この状態で船に乗ること自体、無茶なんだと思うよ・・・」
さすがは百戦錬磨の海の男、兄ちゃんはすべてお見通しだったのだ。
ひとまず病人を浜に寝かせ、本日の注意事項をきいた。
いきなり大波が来ることもあるので、岩場すれすれで泳がないこと。ひとつ右手の浜は聖地につき上陸しないこと。 今日は島の祭りを翌日に控えているため、集落への立ち入りも避けてほしいとのことだった。
初めての島を歩くのを楽しみにしていたが、そういう事情なら仕方ない。 僕らは弁当を受け取って、三時間この浜で過ごすことになった。
「でも、なんか違うよね・・・」
センパイは腕組みしてしきりに首をかしげる。 たしかに海は青く静かなのだが、林間学校のごとくライフジャケットを着けた泳ぎ客がわんさかいる。 おまけに浜には、ペットボトルなどがけっこう打ち上げられているのだ。
「でも、これみんな外国の文字だよ」
「黒潮か、それだけここには波が来るってことかな?」
腕組みしたままどうするか迷っていると、先に発った三人娘が「すごいすごい」を連発しながら海から戻ってきた。
「だまされたと思って、行ってみますか」
しかし、入るとすぐ、けっこうな珊瑚の根があらわれた。 それをたどって右の浜の方へ行くと、さらにきれいになる。
「いったい、どうなってるんだ?」
まさしく奇跡だ。本来はよほど波が荒いのか、波打ち際からほんの十メートルほどで、 外洋にあるようなでかいテーブル珊瑚がひろがるのである。
「いやいや、やられましたな」
「いやいや、まだまだ修行が足りませんな」
パナリ、おそるべし。陸からエントリーする場所としては、最高の海だ。

昼になると、泳ぎ客はいっせいに姿を消した。
誰もいなくなった浜で弁当を食べると、女性陣は蓑虫のようにタオルにくるまって寝てしまった。 「すごいすごい」の三人娘は、浜辺の貝殻を拾い集めて、なぜか「カイガラ」の字を砂に書いている。
僕たちは、唯一立ち入ることを許されたクイヌパナにのぼってみた。
民謡クイヌパナ節で知られるクイヌパナは、その語感から「恋ぬ花」だと勝手に思っていたが、 実は「越ぬ頂」であるようだ。海に突き出た奇岩の上に、珊瑚の石垣が積んである。 そこに立つと、なるほど海を見渡すことができる。
ふもとに小さな御嶽があった。きちんと手入れされ、生きた聖地であるようだ。
新城は八重山で最も人が少ない島だ。 いま人が住むのは上地島のみで、人口は十人に満たないものと思われる。 下地島は1960年代初頭に住民が集団で他島へ移住し廃村となり、今は牧場の島となっている。
アラグスクとは、かつて下地にあった村の名前だそうだが、 皮肉にもそこに人がいなくなって名前だけが残ったことになる。
ここも黒島と同じく、海の美しさとは裏腹に、地下水にめぐまれず、珊瑚のやせた土壌の島だった。 暮らしは想像に難くない。人々はやむなく島を離れていったのだろう。
それでも、祭りは連綿とつづいてきた。 年に何度か、島を離れた人たちも帰って、一緒に祭りを打ち立てる。
明日がその祭りの日。島はそこはかとなくはなやいでいるように見える。 僕たちがいる間にも、普段は定期便のない港に、何度か船が着いた。
「次来たときは、集落を歩くかな」
センパイはしずかに言った。

ミンクロ兄ちゃんのはからいで、帰りにもう一本いくことになった。
島を出る十分前になって、硝子細工は突如として目覚め、パナリ港を一周した。 そして、颯爽と船尾に立ち、高らかに出発をうながす。
「なんだか理解に苦しむな・・・」
「いいじゃないの、なかなか決まってるよ」
たしかに潮風を受けて立つその姿は、アイスコーヒーのCM映像のようだった。
ミンクロ船はそのまま南下し、上地と下地の間ぐらいの沖で停まった。 折りしも干潮、でかい根があちこちにあるのが、船の上からでもわかる。
やはり海は凪いでいるが、兄ちゃん曰く、本来このあたりは波の荒い水域で、これほど静かなのは珍しいのだそうだ。
「ラッキーだよ、今日はいい」
僕たちは二十分の時間を与えられ、我先にと飛び込んだ。 これまたすごい海で、どっちに行こうか迷ってしまうほどだ。 いそげいそげと進んでいくと、さらに珊瑚がひらけてくる。
「いやいや、さすがにもう若くないかも・・・」
「いやいや、まだまだ」
二十分という中途半端な時間が、僕らの背中を押していた。
パナリもまた、力の限り泳ぐ島であった。

黒島の宿に戻ると、一同、ガジュマルの木陰でひっくりかえった。
「はー、天国だ」
マツイさんとエトーさんは、今日は打ち止めとばかりに、矢継ぎ早にビールの大缶をあけていく。 ひとあし先に戻っていた三人娘も、アイスクリームで加わった。 ほどよい疲労感の中で、誰もが今日を思い返してにまにましているようだった。
「いやいや、いい夏でしたな」
「いやいや、もう十分ですな」
そういう会話を尻目に、ひとりとり残された仙台さんは、つまらなさそうに麦茶をすする。 昼過ぎにようやく起き上がったものの、朝からまだ何も食べていないという。昨夜の代償はあまりにも大きかった。
「ねえ、まさか熱中症とかじゃないよね?」
「だったらまだあきらめがつきますよ」
笑う角には福来る。彼らはそういう一団なのである。
やがて、Nさんがいつものように新聞を手にやってきて、ガジュマルの席に腰をおろした。 酒を飲んでないときのNさんは、ものしずかで非常にしぶい。
「今日、パナリ、どうだった?」
「今日は今日でよかったです」
「そう」
「でも、やっぱ昨日の海とは感動が違いますね?」
Nさんはふんふんとうなづいてから、「僕はそういうの嫌いだな」と笑った。
「海は比べるもんじゃないよ、どの海にもいいとこがある、僕はそない思うよ」
その後、僕はひとり仲本海岸へ行き、日の暮れまで泳いだ。
初めてのときと同じように、ホームビーチは新鮮な驚きに満ちていた。

「こんにちは、また会いましたね?」
「あれ?もうひとりの彼女は?」
「日焼けがひかなくてまだ寝てるんです、おかげで今日も私ひとりで島を探検」
「そら大変、せっかくええ天気やのにね」
「でも、明日は海に行くんです!パナリってとこ」
「ああ、あそこはすごいよ」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと、今日行ってきたばかりだし間違いない」
「ここと、どっちがすごいですか?」
「たぶん、海は比べるもんじゃないよ」
「はは、かっこいいです、それ」
嗚呼、うすっぺらな自分。

かなり遅れて食堂に行くと、すでに食べ終わったタマさんが待ちかまえていた。
「リベンジ、今までは酔ってたからダメだったと思うのねー」
今夜は酒盛りの前に、オカガニの産卵をさがしに行くという。 センパイも懐中電灯を手にスタンバイ。ビシビシ三人組は夜道を自転車で繰り出した。
「でも、月でてないんだけど・・・」
「そんなの、もうすぐ出るわよ」
ふたたび宮里海岸、やつらの気配はない。
波打ち際まで出て、ライトを消してすすむ。ダツにでもやられたらたまったものではない。
「おっ、発見、発見」
センパイが照らした先に、カニが一匹。潮が入った岩のくぼみに器用におさまっている。 たしかにガジュマルの席にいるカニと同じ種類に見えるが、ぴくりとも動こうとしない。
「でも、大群で産むって言ってなかったけ?」
「やっぱ一匹じゃな・・・」
真っ暗な浜を歩いてみたが、結局めぼしい現場に遭遇することはなく、 僕たちはいったん陸に戻って、西の浜をめざすことにした。あそこは今までチェックしていない。 海ガメが産卵するぐらいだから、オカガニも例外ではないだろう(ほんまかいな)。
ところが、海中公園研究所のあたりで、タマさんが立ち止まった。ここから先はうっそうとしたしげみの道だ。
「ほら、耳をすませて」
風もないのに、あちらこちらからカサカサと音がする。姿は見えないがうじゃうじゃいる証だ。 しかし、これはカニではなく、おそらくヤシガニに違いない。
「だとしたらヤバいな・・・」
ヤシガニ自体は別段ヤバくないのだが、この島では「ヤシガニとハブは夫婦」だといわれる。 ヤシガニがいるところには、必ずといっていいほどハブが出るという。 島の夜は何かと危険が多いのだ。
やむなく引き返し、今度は港の方から西の浜にまわりこんだ。 食えもしないカニごときでどうしてこれほど燃えるのかわからないが、 ここまできたら目撃しないと気がすまないという空気だった。

「しかし・・・」
西の浜は真っ暗で、浜に動く影も見えない。
ひとまず南に歩き出してみたが、海も陸もすべてが闇の中。 たのみの懐中電灯も徐々に光が弱くなり、まことにこころもとない。
「ちくしょう、こんなときに」
タマさんは思い出したように携帯電話を取り出した。ライトの設定にてみると、思いのほか明るい。 「でかしたでかした」と僕らはガゼン元気を取り戻し、静まり返った砂浜をすすんでいった。
しかし、案の定、何の成果も得られぬまま浜の果てがきてしまった。
なかば立ち往生していると、向こうから近づいてくる人影に気づいた。何人かの集団だ。
「研究所の者ですが、みなさんも海ガメ見物ですか?」
「いえ、目的はカニなんですが・・・」
「残念ですが、オカガニはここでは産卵しませんよ」
「やっぱり、そうなんですか・・・」
「それより、明かりをつけたり騒いだりすると、カメがこわがってあがってこないんです」
研究所職員はほんまに困った様子だった。 彼のうしろには、海ガメの産卵を楽しみにガイド料を払った観光客の姿がある。 それもこれも、僕らのせいで台無しになってしまったのだ。
「私たちはこれから浜を歩きますが、ご一緒しますか?」
さすがにお願いしますとは言えず、僕たちはこそこそと波打ち際をはなれ、 無言でもときた浜を引き返した。なんともばつの悪い幕切れである。
そして、浜の降り口まできたところで、タマさんがぺたんと座り込んだ。
「あーあ、やっちゃったねー」
「結局、この島のことを知らなかったってことかな」
センパイも苦笑いで砂に腰を下ろし、真っ暗な海と向きあった。 さっきまでは気づかなかった星々が、びっしり空をうめている。それでなんとかパナリの島影がわかる
「でも、これも旅だねー」
「そうだ、ハカセってどうよ?」
「あの人がいたら、あたしたちもライトつけなかったかな?」
「一緒でしょ、やっぱ」
やがて背後から透明な月がでた。島をくまなく照らす、おごそかな光だった。

結局、僕たちは酒もなしに西の浜で語りあかし、夜明け前に宿に帰った。
宴はすでに終わり、ガジュマルの席では、やはり何人かがいびきをかいていた。








黒島写真紀行
写真でたどる黒島の旅はこちら ≫
ABOUTSTORYOTHERLINKSHOME
Copyright (C) by SumaoBell All Rights Reserved.