6 トップニュース・港の味・新たな客・青い彼方・ハート島

翌朝は、携帯電話に起こされた。石垣に帰ったソルボーからだ。
「ひさしぶりの島はどうでした?」
「まずまず、かな」
「今日、二時に離島桟橋(石垣港)で待ってますから」
「ええよ、忙しいのに」
「でも、そうでもしないと、帰ってこないでしょう?」
ソルボーは笑って電話を切った。たしかに、そうかもしれない。
今日、僕は島を出る。
最終日、晴れ。朝から日差しは強烈。毎日毎日、よくもこれだけ晴れるものだ。
「これも考えものなわけさ」
大将が地元の新聞をさしだす。朝の船で届いた今日の朝刊のトップは、国際情勢でも経済でもなく、熱中症の記事。
ここ八重山では「六名入院、三名死亡」とある。今年は高気圧の位置が例年と違う関係で異例の猛暑、
十分注意するようよびかけている。
「相手は自然だから、なめちゃいけないわけさ」
実はこの宿でも、先週、あの元気なヘルパーの彼女が、
炎天下で雑草駆除をしている最中に倒れ、病院に運ばれて点滴を受けている。
「あたしはこの島のベイグン(と彼女が呼ぶ実が服とかにくっつく雑草)を許さない」
のんきに笑ったところへ、タマさんが真っ青な顔であらわれた。
「風邪かな?なんか、熱でちゃったみたい・・・」
意識朦朧と笑う。よく見ると、事態は深刻だ。
これでもかと太陽にさらした細腕に、いくつも水泡が浮き出ている。あきらかに原因は日焼けだ。
「まったく、どうしてこんなに焼いたんだ?」
「だってー、せっかく来たんだし・・・」
海で行きずりの二人を救ったタマさんは、なぜか自分を救うことはできなかった。
部屋に戻ってあわただしく荷造りをしていると、色白美人のヘルパーさんがやってきて、何時の船かときいた。
二時に石垣に着きたいとこたえると、適当な時間に送ってくれるという。
結局、彼女とどこで会ったのか思い出せないまま、僕は宿を出るわけだ。
ところが、散らかった荷物の中から、石垣の出版社でもらった雑誌が出てきた。
表紙には同級生のユリがうつっているのだが、そのかたわらに、色白美人の笑顔があった。
何のことはない。僕はこれを見ていただけだったのだ。
「いつまでここに?」
「とりあえず夏の終わりまで、それから先は考えてません」
彼女はやはり涼しげに笑って、階段をおりていった。
新しいお客を迎え、掃除して洗濯してお皿を洗う。忙しい民宿の一日のはじまりだ。
ここにもまた、旅がある。
朝食後、現実逃避クラブ残党六名と記念写真を撮った。
「いやいや、いい夏でしたな」
「いやいや、あっという間でしたな」
相変わらず元気だ。やはり最後はこうあってほしい。
「当然、見送りしてくれますよね?」
「見送りって、こっちも今日帰るんやけど・・・」
「いいじゃないすか、こまかいことは」
ということで、僕らは満員の送迎車で港へ向かった。今回、三度目のお見送りだ。
今日、彼らは波照間に渡り、明日には那覇を経由してそれぞれの場所に戻る。
タマさんは病院へ行って応急処置を受けてから、東京へ帰る。
島に残るのは、延泊を決めたセンパイだけだ。
「誰もいなくなっちゃうのはさびしいな・・・」
「大丈夫、今日来る客はすごい美人かもしれないでしょ」
宿はこうして新陳代謝を繰り返す。旅の終わりと始まりは、奇妙にリンクしているのだ。
やってきた船はどっと乗客を降ろし、数日間ともに過ごした連中をひとりひとり乗せていく。
「またどこかで会いましょう」
青い水面を船がすべりだす。
大将が大きく手を振る。
船上からスギさん夫がこっちを撮る。
僕は最後のサービスとばかりに、そのまま港に飛び込んだ。
「ほんとにやっちゃったねー」
ここも初めて海、素晴らしい海であった。
僕らを宿まで送り届けた後、大将には今日の買い出しが待っている。
「お見送りできなくて申し訳ないけど、元気でね」
「お世話になりました」
「それから、自分のときは飛び込まないように」
大将は笑って出かけていった。
ガジュマルの席では、Tさんが煙草をふかしていた。
「おまえさん、今朝は海行ったか?」
「実は今日帰るんです、いろいろありがとうございました」
「そうか、ようやく静かになるかと思うと、なんだかせいせいするな」
Tさんはニヤリと笑って、煙草で海の方を指さした。
「行ってこいよ、おまえさんの海は、今日が最高だぜ」
それから僕は、ひとりで仲本海岸まで歩いた。
強い南西風。思った通り波はあるが、満潮の海はどこまでも青い。
波間には、新しい物語をはらんで、今日来た客の姿も見える。
たとえ僕がいなくなっても、海はこうしてありつづけるのだ。
ひとつ深呼吸して、入る。今は海中にあるワタンジをたどって、波に泡立つリーフを越え、深い青の水域へ。
泳ぐ僕の動きが、水中で光を編んでゆく。
群れを見つけ、潜る。見上げれば、光に立つ魚の柱だ。
そのとき、ほんの一瞬、この旅で出会ったいくつもの顔が浮かび、青い彼方へ消えた。
*
島から帰って二ヶ月が過ぎた。
やや遅れて夏がきた大阪にも、よくやく秋風が吹きはじめている。
いまだにありがとうの手紙ひとつ出せないでいる僕だが、
時折、島を思い出しながら、それなりに力の限り、あわただしい日々を生きている。
できることなら、いつも夏の中で暮らしていたい。
けれど、年に一度の夏は、年に一度だからいいのかもしれない。
たぶん来年も、僕のちいさな夏休みは、この島とある。
黒島ビシビシ 了
よい旅をありがとうございました。また島で会いましょう。