島の時間:八重山写真
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島を行く 番外編 鳩間島

夢のかりゆし

夢の貨客船かりゆし・トローリング・だいじな荷物

いちばん好きな船はときかれたら、迷わず「フェリーかりゆし」とこたえる。
はじめて鳩間島を訪れた夏、僕はこの船のとりこになった。 しずかな青い水面をゆっくりと進んでゆく様も、 海上で出くわす荘厳な通り雨も、操舵室から三線がきこえるのどかさも、 すべてが夢のような船旅だった。
あの感覚をもう一度あじわいたい。 十月のある日、僕は再びかりゆしで鳩間へ向かった。 度重なる台風でしばらく欠航だったそうだが、 幸運にも天気は好転し、太陽の光をいっぱい受けての出航となった。

かりゆしは貨客船で、いちばん底に自動車だのコンテナだの荷物を積み込む。 青天井の三階に海の家の桟敷みたいな木製の客席があって、乗客はそこに腰をおろす。 この日の客は十名。後に島で知り合いになる何人かが含まれているのだが、 このときはまだ誰も知らない。 僕は荷物をおいて、前方操舵室横の錆びたパイプ椅子に陣取った。
この船にはもうひとつ楽しみがある。 航行中、トローリングをしていて、 釣れたらその場でさばいて食わせてくれることもあるという。 残念ながら前回は獲物にありつけなかったが、 島の人の話ではこの時期ならば大物がいけるかもしれないとのこと。 それで僕はトローリングの糸が見える場所を選んだのだ。

港を出てしばらくすると、船はいったん止まった。 船員総出で積荷をロープで結わえ直す。 どうやら思ったより波があらいらしい。 さっきから積荷には波がばしゃばしゃかかっている。
悪い予感は的中した。再び動き出した船は大きく揺れはじめた。 まさかこの船が揺れるとは、にわかに信じられない。
そのとき、トローリングの糸がかすかにふれた。 獲物だ。僕は揺れながら後方に走り、鉄の階段を駆け下りた。
船尾に躍り出ると、勇壮な乗組員のおっさんが獲物と格闘していた。 よく見ると、もう一本の糸もかかっているではないか。
「マンビカーだ!群れでいるぞ」
反射的に糸をひく。ぐっと引くたび、ずしりと痛みがはしる。 驚いたことにリールなどなく、素手でひたすら引っぱりあげるのだ。
波間にキラリと背が見えた。シイラだ。かなりでかい。
こいつは外海の表層にいる大型の魚で、頭がでかく見た目は悪いが、天ぷらにすると最高にうまい。 エサを追って漂流物の下を泳ぐ癖があるので、船の後をついてきたのだろう。
僕は必死で糸をたぐりよせたが、結局、逃げられてしまった。 おっさんの方も空中まで獲物をあげながらも糸が切れ、獲物を逃がした。 けれど僕はいいようのない興奮に酔っていた。

その頃、客席に置き去りにされた僕のリュックは、海に放り出されそうになっていた。
それを必死でおさえてくれていた東京の女子大生ウメちゃんは、すでにやばい状態だった。 乗り物酔いの薬を飲んだはずなのに、さっぱり効かない。 どうして?と思っているうちに、ついに胃の底からこみあげてきた。
その様子を隣りで見ていたキンちゃんは、用意していたエチケット袋をバックから取り出した。 彼女はけなげな気のいい娘で、僕の大学の後輩にあたる。 このまま吐いてはかわいそうだと、ウメちゃんに袋を渡してあげようとしたのだ。
ところが、背中をさすっているうちに自分まできてしまった。 こうなったら最後、いい娘が二人してゲーゲーやるしかない。
おまけに揺れが来るたびに僕のリュックがあっちこっち行くので、 どうしてこの荷物を守らねばならないのかわからぬまま本能でおさえにいく。 そしてまたゲー。まさに地獄絵であった。
キンちゃんはリュックのはしを握り締めながら、朦朧とした意識の中でこう繰り返した。
この荷物の持ち主だけは許せない!


釣り場の格闘・船室の激闘・まぼろしの刺身

そんなことが起こっているとはつゆ知らず船尾の僕らは夢中だった。 駆けつけた若い乗組員に糸をたくし、僕はカメラをかまえた。 何匹かの獲物が波間に踊り、そして逃げていった。 けれど軟弱な僕が糸を引くよりはるかに確率は高い。 必ずや決定的瞬間を撮る。

やがて乗客がふらふらと船尾におりてきた。 この騒ぎをかぎつけて見物に来たのかと思いきや、 船長から退去命令が出たのだという。 客席はあまりに危険だから安全な船室に非難せよとのことだった。
仕方なく僕も船室に入り、いつでも出れるよう入り口のわずかな隙間にこしかけた。 六畳ほどの板間に七名が気絶したように横たわる。 一名だけ平気な顔で推理小説など読みふけるねーちゃんはいるが、誰もが息も絶え絶えの状態だ。 どうやら大変な事態であるらしい。
僕はなぜか船では酔わない。けれど相当つらかった。 船室には窓がなく海の様子が見えない。 話し相手もいないからまったくもって暇なのだ。 おまけに大きく揺れるたびに中途半端な姿勢でふんばらねばならず、足が地味に痛くなる。
時折、ウメちゃんがむくりと起き上がり、おもむろにゲーとやる。 ひれ伏したままその背中に手をのばすキンちゃんも、なんだかピクピク痙攣している。 こいつらほんまに大丈夫か?と無責任に思いつつ、大揺れの航海は果てしなくつづくのだった。

やがて甲板にパンパンと威勢のいい音が響いた。 ついにやった、獲物だ。 立ち上がると、そいつは船底をすべり落ちてきた。 青い背に黄色にかがやくボディ。やや小ぶりだが、イキがよくて最高にカッコイイ。
乗組員はそいつの頭をハンマーで叩いて卒倒させ、慣れた手つきでさばきはじめた。 ありがとう、海の神さま。僕はわくわくしながらいただく時を待った。
けれど最後まで念願の刺身は出てこなかった。 実際、それどころではなかったのだ。

結局、船は予定時間をオーバーして四時間近い航海を終えた。 耐え抜いたウメちゃんもたいしたものだが、かりゆしはえらい。 北風の冬場は海が荒れ、おまけに鳩間周辺海域は浅瀬に岩礁がひしめく難所ときている。 それを無事にわたりきってくれた乗組員の方々に心から感謝したい。
その夜、元気に海辺の酒盛りに集った乗客の面々は、今日の激闘を口々に讃え合った。 ウメちゃんは「あの船にはもう二度と乗りません」と笑顔で語ったが、 いつの日かまたあの甲板に立っているような気がする。
かりゆしとは、そういう船である。


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