島の時間:八重山写真
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島を行く 番外編 黒島

黒島台風一家

ハプニング・ひとり旅・希望の夕日

旅にはハプニングがつきものだ。だからおもしろいという見方もある。

夏のある日、僕はいつもの宿の玄関で腕組みして空を見上げていた。
台風にぶつかり石垣で二日足止めをくった。 ようやく出た船で黒島まで渡ってきたものの、天候はいっこうに回復しない。 雨でも海の中は意外に明るいものだが、こう荒れていてはどうしようもない。 仕方なく朝からトランプに明け暮れる。昨日もそうだった。

居合わせた客はいずれもひとり旅。
昨年にひきつづいて登場となるタマさん。その兄貴分で富山から三線片手にやって来た隊長。 僕と同じ船で来た青梅のハジメちゃんに今風大学生ヒロシ。 ヒロシと相部屋になったのは兵庫のおっちゃん(最年長でこの呼称)。 同じく兵庫から来た太陽娘マリン。一日飲んでいるなにげに豪快なエリ。
今朝ほどから、山形からバースデー割引で来たイズミーと東京娘ババちゃん、 モデルばりの風貌なのにどこか行動が奇怪なバレリーナ恋蹴サンも加わった。
暮らす世界はそれぞれだが、この境遇を共有し奇妙な連帯感が生まれつつある。 あれこれ算段してここまで来たのだ。このまま帰ってたまるものか。 そんな旅のはじまりだった。

夕方、部屋で昼寝していると、おもてでタマさんの呼ぶ声がした。 見ると空がいくぶん明るくなっている。 飛び起きて近くの海へ行くと、すでに先客がスタンバイしていた。
「きっと晴れるよ」
間もなく、空を覆っていたぶあつい雲が見事に割れ、浜辺は歓喜につつまれた。 待ちに待った太陽。その明るいこと、美しいこと。
「神さま、ありがとー」
いい大人が小躍りして波打ち際をはしる。 それはそれで微笑ましい光景だった。

太陽はあたりをオレンジに染めて水平線の向こうのパナリ(新城島)へと沈んだ。 きっと明日は海も大丈夫に違いない。
「思い切って来てよかったかも」
「そやそや、これからもっとようなるで」
その夜、僕たちは高笑いで希望の酒に酔いしれた。
ところが、思うようにならないのが自然というものだった。


ババちゃん・ゴマモンガラ・ヤクルト

朝起きると、雨。なんでやねん。
落胆する一同をおっちゃんが「しゃあない、しゃあない」となぐさめる。 その口ぶりもまた未練たらしく、いちるの哀歓をさそう。
濡れながら海に行くと、時化はおさまっていた。 天気さえもうすこしどうにかなれば、それほど嘆くこともなさそうだ。

「この際だから」とイズミーが言って、 小降りになるのを待って自転車で繰り出した。
黒島は牛の島で、島じゅう牧場がつづく。 時折顔を出す牛に驚き、道端でひかれたハブの姿におののきながら、 一同は大騒ぎで進んでいった。
「あのう、私ほんとはユキって名前なんですけど・・・」
途中、ババちゃんが思い切って切り出した。 この人は島旅というよりリゾートにいそうなタイプだ。 トランプでいつもジョーカーを持っているのでこの呼び名がついたのだが、 案の定、気にいらないらしい。
「気にすんなよ、ババちゃん」
「そうだよ、ババちゃん」
結局、ババちゃんはババちゃんの意図とは裏腹に笑ってなだめられてしまい、 いっそうババちゃんになってしまった。
伊古の桟橋で再び太陽がのぞいた。一瞬、水面に影ができる。
「バンザイや、バンザイ」
誰かが言って、僕はカメラをかまえた。これはいい写真だ。
「ババちゃん、はやくはやく」
冒頭の写真、いちばん右がババちゃんの勇姿。 けっこう楽しげに見えるのは僕だけだろうか。

午後はこぞって海へ出かけた。幸いうっすらと陽も出ている。
仲本海岸はスノーケリングのメッカだ。 初めての人でも安心して楽しめる場所がある。
仲本の海はすでに死んでいるとしたり顔で言う人もいるけれど、僕はそうは思わない。 たしかにオニヒトデの被害にあい、白化現象でやられ、昔ほどではないだろうが、 少なくとも僕が来るようになってからのこの海はすこしづつ復活している。 それが何よりうれしい。
「待って待って」
バレリーナ恋蹴サンは岩場のかげでしきりに白鳥のポーズを繰り返す。 本人曰くストレッチなのだが、いったい誰がそう思うのだろう。
「おー、いっぱいいるよ、網ですくえそう」
僕たちはリーフの手前に陣取って思い思いに海に入った。 さほど珊瑚はないけれど、たくさんの魚が入ってくる場所だ。
タマさんは思い切って買った最新式の先割れフィンをつけて颯爽と泳ぎまわり、 ババちゃんはわざわざここまで来ていながら大きな魚がこわいと逃げまわる。 イズミーは干上がったワタンジ(渡路)にぺたんと座り、 ひたすらカクレクマノミのダンスを眺めている。
初めてスノーケルをつけたヒロシは、力まかせに潜ろうともがいていたが、 ひとたび潜り方を教わると、若さにものをいわせてぐんぐんいく。 そのまわりを魚たちが躍るように通り過ぎてゆく。
僕は一年ぶりの海に挨拶するようにゆっくりゆっくり入っていった。

フィンもつけずに粋なランニング姿で泳いでいたおっちゃんが「わあ」と声をあげた。 ほどなく向こうでも「わあ」が聞こえ、誰からとなくけらけら笑いはじめた。
見ると水中に1メートル近いゴマモンガラ。 このいかついカワハギは、産卵期は気性が荒く、時に威嚇して人間に向かってくる。 そういう意味では毒のある生き物よりよほどあぶない魚だ。
「びっくりしたぁ」
「おっちゃん、ビビり過ぎー」
「なに言うとんねん、自分こそ本気でおぼれかけとったがな」
ひさしぶりの海に笑い声がとけた。
その日島を出るはずだったハジメちゃんとイズミーは、 予定を変更して島にとどまることを決めた。 これはひとつの魔法であった。

夕方、宿の玄関先におかれた紙にイズミーが見入っていた。
「見て見て、こんなのひさしぶりだよ」
夏場はハエが多いので強力なハエとり紙が配備されている。 飛んできたハエが触れたらさいご、ぴたりとくっついてなすすべはない。
「同じ命なのになんだかかわいそうだね」
この人は言葉のはしばしに深遠なる頭のよさがうかがえるのだが、 独特のふやけたおおらかさを持っている。要は天然ボケの才能がある。
「あ、来た来た」
ふらりとやってきたハエがとまり、また餌食となった。
「やったー、大当たりぃ」
だからなんやねん、いったい。

夜、トランプを終えた面々は、宿の庭にあつまった。 このガジュマルの下で、今宵ささやかな宴がもよおされる。 とにかく飲むのがこの宿の特徴で、おのずとそのような客が集まってくる。
イズミーが風呂に入っている間に隊長から指令が出された。 明日が彼女の誕生日だから、十二時になったら乾杯しようという。 そんな情報をいつ仕入れたのか、この人らしいはからいだ。
「ねえ、プレゼントとかあった方がよくない?」
「そうか、そこまで気がつかなかった・・・」
「しゃぁないな」とおっちゃんが立ち上がった。 いつも酒の席でかまぼこだの天ぷらだのを出してくれるおっちゃんのことだ。 実はすごいものが用意されているに違いない。

主役には何も告げぬまま酒盛りがはじまった。 誰かが一升瓶を持ち出し、四苦八苦しながらコップにそそぐ。
今日見た海の話をするもいい。それぞれのお国自慢や不幸自慢もおもしろい。 台風一過、みんな上機嫌だ。島酒はやはり外で飲むにかぎる。
約束の十二時が近づくと、しぜんとカウントダウンがはじまった。 やや遅れて「ゼロ」になり、誰かが歌いはじめる。 ハッピー・バースディ・トゥー・ユー。 わけがわからない様子だったイズミーもようやくことの次第をさとり、 感極まってこんな名言をのこした。
「うれしくてハナでちゃった」
すかさずおっちゃんは「みんなから」だとプレゼントをさしだした。 一瞬、みんな絶句した。ちいさなヤクルトが一本。 ご丁寧にリボンのようなものが巻いてある。
「すまん、今日はこれしかなかったんや」
爆笑の中、イズミーは早速それを手にとって、大げさにイッキしてみせた。 こんな誕生日、おそらく初めてだろう。 子供の頃みたいで、なんだかいい瞬間だった。
「さあ、今晩はとことんいくでー」

その後、僕はいい調子で飲んで、玄関先で寝てしまった。 夜中にあれまあと布団をかけてくれたバレリーナ濃毛サンに、感謝。


計画・あきらめたらあかん・台風一家

翌朝、イズミーはまたもや延泊を決めた。 西表へ発つはずだったババちゃんも勢いで予定を変更した。
けれど、旅立つ人はいる。 今日はハジメちゃんとヒロシが昼前の便で島を出る。
僕たちは二人に丁寧に別れを告げ、こぞって自転車で出かけた。
薄情なようにみえるがこれは隊長のちょっとした演出で、 実は港に先まわりして待っているという計画だった。

ところが、へたに時間があったのが災いして、 あちこちでろくでもない写真を撮っているうちに時が過ぎ、 「これってやばくない?」とタマさんが言ったときには すでに船の時間が迫っていた。
「いや、あきらめたらあかん」
走り出したおっちゃんにつづいて、自転車隊の猛追がはじまった。 人生五十年を踏み越えてきたその足が島の大地の風になる。 おせじぬきにかっちょいい。
ところが、ババちゃんが奇声をあげてストップした。 この急いでいるときに自転車のチェーンがはずれてしまったらしい。
「よっしゃ」
おっちゃんは駆け寄ると、ものの見事に一発で直してしまった。
「すごーい」
「いやいや、年の功、年の功」
息を切らせて港の坂道を曲がると、船が入ってこようとしていた。 でかいリュックをかついだハジメちゃんの姿も見える。間に合った。
大急ぎで記念写真を撮って、あわただしく二人を送り出す。
「一生忘れませんよ」
船から手を振るハジメちゃんが大げさに言った。 東京に帰ればまた徹夜つづきの現実が待ちかまえている。
「ヒロシー、勉強せえよー」
おっちゃんは万感の思いで手を振った。 見えなくなるまでがこの島の流儀。 僕たちは旅立ってゆく船をいつまでも見送っていた。

それから僕たちは大騒ぎで島の数日を過ごした。
イズミーとババちゃんは延泊を重ね旅程のすべてを黒島についやした。 二十名ぶんのビールをかけた大勝負もあり、最後までトランプに泣き笑いした。 女だてらに見送りダイブを決めたバレリーナ恋蹴サンもたいそう立派であった。
きくところによると、さきごろ隊長がいる富山に何人か集まってまた馬鹿騒ぎをしたらしい。
いい年をして子供になれる。 台風が縁で生まれたおかしな一家は、馬鹿馬鹿しくも素敵につづいてゆくように思う。 それぞれ人生は容赦なく進んでゆくけれど、 いつの日かまた島で会えたらうれしい。

旅にはハプニングがつきものだ。だからきっとおもしろい。


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